記事提供:日刊SPA!

ユウキロック。現在は「タレント」「お笑い講師」「ライター」「構成作家」と幅広く活動を行なっている。

今週末に決勝を迎える「M‐1グランプリ2016」。M‐1は今大会で12回目を数え、3503組の頂点を目指す熾烈な争いが今年も繰り広げられている。

そんなM‐1の記念すべき第1回大会で準優勝するなど、2000年代のお笑いブームを牽引したのが、「ハリガネロック」だった。

2002年には「第4回 爆笑オンエアバトルチャンピオン大会」優勝、2003年には渋谷公会堂で史上初の漫才ライブを成功させるなど、人気と実力を兼ね備えたコンビとして、今なお記憶されている。

そんな彼らが突然の解散を発表したのが2014年2月25日。同日、ボケ担当だったユウキロックがメールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』にて連載「芸人迷子~終わってる、いや終わってない~」をスタートさせる。

コンビ解散に至るまでの相方との軋轢や心情の変化などをリアルに綴るとともに、影響を受けた大御所やNSCの同期、後輩らとの濃密なやりとりが事細かに紹介され、お笑い関係者はもちろんのこと、広く注目を集めることとなった。

このたび、2年3か月にわたった連載が完結、12月上旬には大幅に加筆修正のうえ、単行本化されることが決定。M‐1への愛憎から書籍執筆中の苦悩、芸人仲間からの反響まで、『芸人迷子』を完成させたユウキロック本人を直撃した。

――まもなく今年のM‐1決勝ですが、ご自身が出場されていた初期のM‐1と現在のM‐1にはどういった違いがあるとお考えですか?

ユウキロック:今の出場者はともかく大変ですよ。出場組数でいえば、僕らの頃の準決勝が今の準々決勝にあたるわけで、そこからもう2回勝ち上がらないと決勝にいけないわけです。

いろんな事務所のネタ見せにいくのですが、『君ら、ひょっとしたらひょっとするで』というコンビも3回戦止まりなんですよ。で、そのコンビが披露したネタを見たら、俺がネタ見せの時に見たときと違うものをしている。

今は3回戦と準々決勝のネタが動画配信されているので、最低でも2本は面白い漫才を持っておかなければならない。それをどのタイミングで出すのか?こんなこともうまく考えておかないといけない。ホンマに大変です。

あと、今は人と違うネタをしようと、そればっかりに躍起になっているコンビが多い気がします。それはいいのですが、うまくないんです、漫才が。技術がないコンビが多くなっていると思います。

たとえば、去年、優勝したトレンディエンジェル。『ハゲ』ネタという部分が前面に出ているけど、彼らはテンポも良くて、技術力も高いんです。表面だけでしかM‐1を捉えてないコンビは多いですね。

結局は、技術がないと見せたいものもちゃんと見せられない。これに気づかないと決勝にもいけないでしょうね。

――決勝に臨むコンビ、決勝には届かなったコンビ、それぞれに先輩として、なにを伝えたいですか?

ユウキロック:考え方は人それぞれだから、どういう気持ちで挑んでもいい。ただ悔いだけは残すな。そして、出場機会は限られている。だからこそ「悔いのないM‐1グランプリ」にしてほしいですね。

――今、振り返ってみてユウキロックさんにとって、M‐1はどういう存在だったか改めて教えてください。

ユウキロック:解散する時にあるヨシモトの社員から「お前ら、M‐1がなかったらな」と言われました。それだけ俺にとってM‐1という存在は大きかった。

初めてつまずいて、本当の漫才というものに気がついた。M‐1がなかったら、まだ漫才を続けていたのかもしれません。

――そんなM‐1でのエピソードも交え、解散までの顛末を語る連載を解散発表と同じ日に始めたことが大きな話題となりました。

ユウキロック:解散するにあたり20年以上続けてきた漫才について、ただ漠然とまとめたい、形にしたいという気持ちが連載の出発点でした。

自分が漫才を続けた中でいい時代もあれば悪い時代もあって、その中で数々の「選択」を決断する局面があったんです。そんな僕の経験を通じて、芸人だけでなく、一般の読者の皆さんにも、各人の「選択」の道標になればと思っています。

僕自身もプロレスが大好きで、様々な選手の「選択」を見て、学んできました。成功者が書く道標の本はあっても、失敗者が書く道標の本はあまりなかったのではないかと思い、とことん赤裸々に書きました。

――ご自身が芸人として迷走する時期を振り返りながらの執筆は、辛くはなかったですか?

ユウキロック:僕自身、後ろ向きな人生は大嫌いで、そんな体たらくから早く脱却したいからこそ、大好きな漫才を捨てました。ただ、前向きに生きるために解散を選んだにもかかわらず、過去の失敗を書き綴らなければならなかった。

「なぜこんなことを始めてしまったのか?」と後悔しましたし、書くのが辛くて何度も落としそうになりました。しかし、今終わってみると、清々しい気持ちでいっぱいです。

⇒【写真】はコチラ(1995年に結成した「ハリガネロック」当時)

――普段、テレビや劇場で見るお笑いの世界とは異なる内幕が克明に描かれていて、とても衝撃的でした。周囲の反響はいかがでしたか?

ユウキロック:反響は凄かったです。連載を始めるにあたって決めたことは「事実を赤裸々に書く」ということだったので、ともかく赤裸々に書いたのですが、赤裸々すぎたようです(笑)。

自分の感情に嘘を付いたカッコつけた文章だけは書きたくなかったので、「転落した自分」というものをリアルにさらけ出しました。

――特に元相方の大上邦博さんに対して、辛辣とも思える描写が印象に残ります。

ユウキロック:その反響が一番多かったですね。コンビ時代から「大上に厳しすぎる」と批判を受けていましたが、ただ自分としては、大上は「戦友」であり、「家族」。その「戦友」とともに真剣に頂点を目指していました。

だからこそあそこまで厳しくなれたわけです。この部分を避けて、綺麗事を書くことこそ、大上の人生を否定しているようだと思い、できる限り忠実に書きました。

――現在も所属するヨシモトの内情も包み隠さずに書かれていますが、怒られたりは?

ユウキロック:たぶん、若いヨシモトの社員が見たら、ビックリすると思います。「こんな会社やったんや」と。それぐらい昔と今では、会社の中が変わりました。だから怒られることはないと思います。

昔は「芸人」だけでなく「社員」も熱かった。あの時代のヨシモトで生きたことを誇りに感じています。

――単行本化にあたって大幅に加筆されたとのことですが、具体的にどのような部分を書き足されたのでしょうか?

ユウキロック:連載の中では、自分の芸人人生以外の部分で、「ネタ」に関する分析なども多く書いてきました。今回はその部分を割いて、芸人人生一本に絞りました。

それを通して、「調子が良かった人間が狂っていく様」を鮮明に描ければと考え、あまり多く語らなかった部分、語りたくなかった部分も包み隠さず、さらに加筆しました。

――特に「ここに注目してほしい」といった読みどころは、どういったところになりますか?

ユウキロック:書籍では読みやすいようにまとめられていて、「点」の集まりのような構成になっていると思いますが、実はよく読んでもらえればすべて「線」になっています。

ひとつの「成功」を手に入れるために犯した行為が、その後の「失敗」を生んだりしています。このあたりの「選択」も感じてもらいたいです。

――「ピース」の又吉直樹さんが印象的な推薦コメントを寄せています。芸人の葛藤を描いた作品として、『火花』とも通じるものがありました。リアル『火花』との評判もあった『芸人迷子』については、どういった感想を又吉さんからもらいましたか?

ユウキロック:又吉には、どうしても読んでほしかった。なぜなら彼が芸人を題材にした素晴らしい本を書いたからです。

しかし、怖かった。又吉が推薦コメントを書いてくれるとなると、下手な本は出せないというプレッシャーが今まで以上に背中にのし掛かる。気持ちが交錯しながら、又吉に推薦コメントを書いてほしいという想いをかなりの長文でメールしました。

又吉からしたら鬱陶しかったかもしれませんが、快くOKしてくれました。

読み終わって又吉から返ってきたメールが、俺を上回る長文で「素晴らしい作品」と絶賛してくれていて、又吉が中学時代に俺達を初めて見た時の話から、内容を事細かに拾い上げて感想を送ってくれました。

そして、あの推薦コメント。自宅で一人だったら確実に泣いていました。推薦コメントを連絡したくれたメールの締めの言葉が特に印象的でした。

「このタイミングでこの作品を読めて良かったです。あらためて、サボってる時間なんてないなと刺激になりました。ありがとうございます!」。

又吉に火をつけられたことが嬉しい。次回作が楽しみです。

――島田紳助さん、松本人志さん、千原ジュニアさんら数多くの大物芸人が作中に登場しますが、特にユウキロックさんの芸人人生に影響を与えた芸人さんを教えてください。

ユウキロック:それはもう出会った先輩全員から、芸人を辞めた今でも様々な影響をいただいていると思います。中でも桂文枝師匠が放った一言がやはりインパクトがありました。

その時の師匠の年齢はすでに55、56歳くらいだったので、余計にインパクトが大きかったです。

あと、よくよく考えてみればジュニアさんと最初出会って、いただいた言葉、それを受けての自分の「選択」が間違っていた。だから自分は失敗したんじゃないかと思う時があります。どんな言葉なのかは…本買ってね!

【ユウキロック】

1972年、大阪府生まれ。1992年、11期生としてNSC大阪校に入校。主な同期に「中川家」、ケンドーコバヤシ、たむらけんじ、陣内智則らがいる。

NSC在学中にケンドーコバヤシと「松口VS小林」を結成。1995年に解散後、大上邦博と「ハリガネロック」を結成、「ABCお笑い新人グランプリ」など賞レースを席巻。

その後も「第1回M‐1グランプリ」準優勝、「第4回爆笑オンエアバトル チャンピオン大会」優勝などの実績を重ねるが、2014年にコンビを解散。

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