新垣渚投手が、現役引退を決断

プロ野球で先発投手として活躍し、ヤクルトやソフトバンクでプレーした新垣渚投手が、現役を引退することが11月29日にわかりました。今月末まで他球団からのオファーを待つ方針だったが、28日夜に家族と相談して「もう決めないといけないかなと思った」と決断したことを明かしています。

新垣選手のこれまでの活躍

沖縄県出身の新垣投手は沖縄水産高時代に春夏1回ずつ甲子園に出場。「沖縄の怪腕」と称され、当時“甲子園最速”の151km/hを記録して、注目を浴びました。

九州共立大を経て2003年に自由獲得枠でダイエー(現ソフトバンクホークス)に入団。1年目から先発ローテーションに定着し、日本一に貢献しました。2004年からは得意のスライダーを武器に3年連続で2桁勝利をマーク、2004年にはチーム最多の11勝を挙げ、177奪三振で奪三振王のタイトルも獲得するなどの活躍を見せています。

その後、故障に苦しみ、2014年途中にトレードでヤクルトに移籍していますが、昨シーズンは2勝を挙げてチームの優勝に貢献したものの、今季は6試合に先発して1勝2敗、防御率は6.67という戦績でふるわず、10月に戦力外通告を受けていました。

プロ通算14年で172試合に登板し、64勝64敗、防御率3.99という成績でした。

松坂世代のピッチャーたちは今…

そんな新垣投手ですが、松坂大輔投手(福岡ソフトバンクホークス)と同い年の、いわゆる松坂世代(新垣投手本人は「いつか新垣世代と言わせてみせる」と発言していますが)として知られています。

松坂世代とは、松坂大輔と同学年にあたる1980年4月2日から1981年4月1日までに生まれた世代の日本のプロ野球選手のことを総称して呼ぶ語である。

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松坂世代には、投手として活躍した選手もたくさんいます。松坂投手を始め、藤川球児投手、杉内俊哉投手、和田毅投手、木佐貫洋投手などの有名選手は今どうしているのか…。

松坂世代の投手たちの“今”を追ってみました。

松坂大輔投手の今

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横浜高校の3年生時に150km/h超の球速を出し、超高校級の投手として『平成の怪物』として注目を浴びた松坂投手。甲子園の決勝・京都成章戦では史上2人目となる決勝戦のノーヒットノーランという快挙を成し遂げ、圧倒的な活躍で春・夏連覇を達成しました。

西武ライオンズに入団、メジャーリーグのレッドソックスへ移籍、その後ニューヨーク・メッツへ移り、現在は日本球界に復帰して、2015年から福岡ソフトバンクホークスに所属し、同じ松坂世代の新垣投手の付けていた背番号18を背負っています。

しかし、1軍マウンドに上がったのは、2016年10月2日のシーズン最終戦となった楽天イーグルス戦のみ。戦績は、1回で被安打3、与四死球4、暴投1の5失点(自責点は2)、防御率18.00と結果を出せずに、翌日1軍登録を抹消されています。

杉内俊哉投手の今

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鹿児島実業高等学校時代に、甲子園1回戦で八戸工大一(青森)相手にノーヒットノーランを達成するも、同2回戦で松坂投手らを擁する横浜(東神奈川)に敗退。

その後、社会人野球、オリンピックなどで活躍し、ダイエー(現ソフトバンクホークス)に入団。2003年には、日本シリーズでも阪神から2勝を挙げて日本一に貢献、シリーズMVPを獲得しました。

2012年に巨人に移り、2006年に桑田真澄投手が退団して以降空番となっていたエースナンバーの「18」を背負います。2016年は球界史上最大の大減俸と言われながらも契約を継続したものの、2015年に患った股関節痛の手術も影響してか、プロ入り15年目で初めて一軍登板ゼロに終わっています。

和田毅投手の今

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島根県の浜田高校時代には、甲子園でベスト8に進出。早稲田大学進学後に、江川卓投手の持っていた東京六大学野球連盟奪三振記録443を更新し、通算476奪三振まで記録を伸ばし、早稲田の「ドクターK」と呼ばれていました。

ソフトバンクホークス時代は、新人離れした投球術で1年目から先発ローテーションの一角を担い、優勝に貢献。14勝(5敗)を挙げ、新人王を満票で獲得。阪神との日本シリーズでは3勝3敗で迎えた第7戦に先発し、史上初めて新人で完投、日本一の胴上げ投手となっています。

2012年に渡米し、メジャーリーグのボルチモア・オリオールズ、シカゴ・カブスを経て、2016年に古巣ソフトバンクホークスに復帰。防御率3.04ながら、15勝5敗、勝率.750で最多勝利と勝率第一位投手のタイトルを獲得しています。

藤川球児投手の今

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高知商業高校時代に2年生で甲子園出場。2回戦で平安高校に敗れるも、高校日本代表に選出されました。

1998年のプロ野球ドラフト会議で阪神タイガースから1位指名を受け入団。阪神時代には、WBC日本代表に選ばれたりと活躍し、その後に渡米。メジャーリーグのシカゴ・カブス、テキサス・レンジャーズなどでプレイした後、地元高知の独立リーグへ戻り、現在は古巣の阪神へ復帰しています。

リリーフ投手として38試合に登板し、チーム事情に応じてセットアッパーやクローザーを担いながら、甲子園で16登板試合連続無失点を記録した他、4救援勝利(4敗)、3セーブ、10ホールド、救援防御率3.58という成績でシーズンを終えています。

木佐貫洋投手の今

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※写真は2012年のオリックス時代

川内高校3年時に、鹿児島県春季高校野球大会で杉内投手を擁する鹿児島実業を破り優勝するも、夏には惜敗し甲子園へは進めませんでした。卒業後は亜細亜大学に進学して活躍後、2002年のドラフト会議で巨人に自由獲得枠で入団。

ルーキーイヤーの2003年はリーグ最多の2完封を含むシーズン10勝を挙げ新人王に選ばれるも、それ以降怪我などに悩まされます。2010年にオリックス・バファローズ、2013年には日本ハムに移籍しますが、2015年9月18日に翌年の戦力構想から外れていることが判明し、同月の30日に対千葉ロッテ戦で現役生活を締めくくりました。

現在は、スカウトとして古巣の巨人に復帰しています。

かつて甲子園を始め、日本球界を盛り上げた松坂世代にも戦力外の波が押し寄せていますね…。

しかし、苦しみながらも様々な決断をし、それぞれの道を歩んでいる松坂世代の投手たち。どんな形であれ、これからも日本のプロ野球界を支えていってほしいと思います。

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