今年2月、球界の番長こと清原和博が覚せい剤所持で逮捕された。執行猶予付き有罪判決を受け釈放後も清原は公の場に姿を現しておらず、本人の口から事件の真相は未だ語られていない。

そんななか刊行されたのが、清原に覚せい剤を譲渡していたとして後を追うように逮捕された「密売人」こと小林和之による告白手記『密売』(ミリオン出版)だ。

当時甲子園でKK旋風を巻き起こしていたPL学園の4番打者・清原和博選手の活躍に心奪われた群馬のやんちゃ少年は、16歳にして初めて覚せい剤に手を出し、31歳のとき事件を起こし逮捕される。

収容された黒羽刑務所で出会ったのが、「清原のタニマチ」として知られるDだった。「シャバに出たらキヨに会わせてあげるよ」と言うDと出所後再会した小林は、「覚せい剤の密売人」として憧れの清原との出会いを果たすことになる。

俺と清原さんは六本木のホテル、ザ・リッツ・カールトンで出会った。

Dに売人として紹介され、俺が用意したシャブを一緒に炙った。

清原さんに会えた興奮醒めやらぬまま過ごしていた。

出典『密売』(ミリオン出版)

2014年8月の初対面から逮捕されるまでの約1年半、プロ野球の大スターと群馬の密売人の蜜月が続いた。

清原は薬物疑惑を報じるマスコミに追われ、Dをはじめとする黒い人脈に囲まれる東京での生活に嫌気が差したのか、たびたび群馬にある小林の自宅付近に通い、覚せい剤を求めた。

小林は大ファンである清原に覚せい剤を売ることに抵抗を感じ、何度も覚せい剤をやめるよう説得したが、清原はこう言って覚せい剤をせがむのだ。

「小林さん、そんなこと言わないで。もし、そんなことになったら一生面倒みるから」

たとえ犯罪であれ、この世でたったひとり憧れる男の頼みを断れるかどうか――。

群馬にいるときの清原は、「番長」ではなかった。年下の密売人を「小林さん」と敬い、子供に会わせたいとさえ言う。

「バーベキューできるところありますか?もしよかったら、小林さんも一緒に行きましょう」

「これ、離婚記念バットです。もらってください」

それはもはや密売人との関係ではなかった。当時の清原は野球界からも芸能界からも干され、妻・亜希とは離婚し、最愛の息子たちとも会えない日々が続いていた。秘密を共有する小林にだけ、心を許していたのかもしれない。

清原は小林が用意した覚せい剤を群馬郊外のラブホテルでひとり静かに吸引するとき、束の間「番長」から解放されたのではなかろうか。

しかし捜査の手は迫っていた。一足先に覚せい剤で逮捕されていたタニマチDは警察と『週刊文春』に情報を売り、小林にも協力しろと迫った。

キヨのネタと引き換えに文春が保釈金を出してくれたんだ。でも、俺の話だけでは記事にできないって言うから、コバの証言が必要なんだ。キヨがシャブやってることを洗いざらい喋ってくれ。

出典『密売』(ミリオン出版)

小林はDの誘いには乗らなかったが、清原を守りきることはできなかった。

「その日、清原さんは何度も道に迷いながら、夜9時ごろ、群馬に着いた。コンビニエンスストアの駐車場で受け渡しをした。1グラムのパケと0.3グラムのパケ、注射器を2~3本、自分が使っていたガラスパイプを渡し、清原さんから4万円を受け取った。

清原さんは俺に『群馬で泊まって帰りたい』と言ったが、ちょうどそのとき、清原さんの携帯電話が鳴った。清原さんの彼女からだった。『早く帰ってきて』と言われたのだろう。電話を切った清原さんは俺に言った。

『どうしますかね?』俺は言った。『今日は帰ったほうがいいですよ』俺はコンビニの駐車場に立ちつくし、清原さんのベンツを見送った」

その数日後――。

「テレビをつけると、連行される清原さんが映っている。背が高い清原さんは、刑事たちより頭ひとつ飛び出て見えた。考えても仕方ないとわかっていながら、どうしても考えてしまう。ゆうべ、もし俺が、『今日は帰ったほうがいいですよ』と言わなかったら…」

本書は暴露本ではないだろう。世間に対する懺悔録でもない。清原覚せい剤事件の裏で何が起こっていたのかを赤裸裸に描きつつ、清原和博への想いを綴った告白手記である。

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