「あれっ、こんなところで働いてるんだ!」

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食品スーパーに勤めています。転職回数が9回以上ある私は、かつての職場での知り合いにばったり会うことがたびたびあります。

誰もが利用できる町のスーパーなので偶然、お客様として昔の知り合いが来店してきます。そして久しぶりの再会に、こんなことを言われることがあります。

「あれっ、こんなところで働いてたんだね」と。

余計なお世話だと思いつつも、その原因は私は転職するたびにまったく違う業種を選ぶタイプだからです。そもそも私が何度も転職を繰り返したのは、その職種が肌に合わなかったからです。

そこで、似たような職種を選んでも同じような結果になるのではと思い、まったくの畑違いの職種に転職を繰り返してきました。

なので、昔の知り合いには現在の食品スーパーの店員としての私の姿に違和感を感じるのでしょう。

そんな、昔の職場の知り合いの中でも特に会うたびに恥ずかしい気持ちにさせられる人がいます。それは・・・

「俺、独立して社長になるから・・・」

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かつて、私は一国一城の主を夢見て、小さな居酒屋を出したことがあります。その独立前の職場で私は夢を語っていました。

「まずは小さな店から始めて、お金がたまったらどんどん店を増やしていってチェーン化して社長になる」

と大見えを切って出ていきました。結局、居酒屋の経営はうまくいかずに撤退したのですが、私の大見えを知っている人たちに、ばったり会うことがあります。

穴があったら隠れたい。

そんな気持ちになる私。しかし自分の蒔いた種であるから正直に商売がうまくいかなかったことを話すようにしています。

そのように、ばったり会うと、ちょっと隠れたくなるような人を何人も作ってきた私ですが、その中でも別格に会いたくない人がいました。

それは、かつて自分をいじめた男です。そんな昔のいじめっ子が偶然お客様として来店してきました。そして私の心に様々な葛藤が生まれました。今回はその心の葛藤をご紹介したいと思います。

いきなり作業服姿の男性客に声をかけられました。

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20年以上前の高校時代の同級生でした。

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かつて自分をいじめてきたその男は、久しぶりの再会でも馬鹿にした言葉をかけてきました。

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見返したい、ぎゃふんと言わせたい気持ちが生まれました。

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しかし、現在の自分の立場では難しい問題です。馬鹿にされ腹が立ちましたが、挑発に乗らずに、堂々としようと自分に言い聞かせました。

そして、しばらく経ち、「そういえば最近、彼の姿が見えなくなってきたな」と思っていた矢先のことです。

彼から店に電話がありました。

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彼からのクレームでした。

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昼に購入した商品に髪の毛が入っていたそうです。さっそく代品をもってうかがうことにしました。

その道中はとても憂鬱でした。

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彼はとても怒っていました。

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パッケージは未開封で外から髪の毛が見えたので、明らかに製造段階での混入でした。

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一応同級生で昔からの知り合いなのでため口ですが、対応はきちんとしました。

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お客様である彼の気持ちに共感する私。

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彼が気を悪くしたことに対して申し訳ない気持ちを伝える私。

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逆に、私の仕事上での大変さに共感してくれた彼。

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「メーカーのミスにも謝らないといけないのは大変だな」と共感する彼。

私に対して怒りをおさめてくれた彼。

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いかがでしたでしょうか?以前の私は、高校時代に自分をいじめた人間に対して、「見返してやる」「あいつよりも絶対に偉くなってやる」と意気込んでいました。しかし、それがなかなかできない自分に腹が立っていました。

そして、自分と相手に見えない壁を作っていました。

今に見てろの反骨心・向上心を持つことは自分を成長させる大きなエネルギーになるのですが、そこにとらわれ、今度は自分の今の立場を恥ずかしいと思うようになっていました。

なので、なんの知識の経験も成功できるという確証もないまま居酒屋の経営にチャレンジし、見事に失敗をしています。

今ではこの失敗も、悔いのない人生を送れたという意味で、自分の心の中に受け入れるようにしています。

それでも、かつて自分を見下した人間、バカにした人間を目の前にすると、必要以上に自分を大きくみせたいという要求にかられます。しかし・・・

「ふぅーん、良かったね、それで??」

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かつての私がとらわれていた気持ち。「あいつよりも偉くなって見返してやる」の偉くなるということはどういうことか考えました。

事業を起こし社長として成功する。もしくは医者・弁護士・税理士などの先生と呼ばれる立場になる。そんなところです。

しかし、自分が思い描いている社会的な成功を達成できたとして、それがかつての自分を見下した人間に知られたところで何になるのか疑問が残ります。逆の立場で考えると・・・

「ふぅーん、良かったね、それで??」と反応は薄いのではないかと思います。

就いている仕事によって、逆に相手を見下すことは、子供のころの喧嘩の延長線にすぎません。いい大人がそれをするのはモラルにかけている寂しい人間と思われるのがオチでしょう。

私は、かつてのいじめっ子からのクレームに対して共感をしめしました。そして、きちんと彼と向き合うことによって、逆に彼は、私の仕事上での大変さに共感してくれました。

その時、思いました。お互いがいい大人なのだから、子供の時とは違い、どっちが強い、弱い、偉い、偉くない、そんなことにとらわれていては駄目だということです。

今就いている仕事がどんなものであれ、真面目に取り組み、そして、相手の立場にも理解を示すことが出来るようになる。それが・・・

大人として成長できた自分を表現できるのではないかと思います。

この記事を読まれている皆様の中にも、「あいつよりも偉くなってやる」「見返してやる」そんな気持ちにとらわれ、心が疲弊している方がいるかもしれません。

そんな方の心が少しでも救われればと思い、この記事を書かせていただきました。

この記事を書いたユーザー

ロバート・熊 このユーザーの他の記事を見る

spotlight公式プラチナライター。食品スーパーの店員ならではの記事を楽しんでいただければと思います。

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