11月17日に第58回日本レコード大賞の各賞が発表され、宇多田ヒカルさんのアルバム
「Fantôme」が最優秀アルバム賞に選出、また収録曲でNHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」の主題歌「花束を君に」が優秀作品賞に選ばれました。宇多田さんの曲がレコード大賞候補となるのは、99年のデビュー曲「Automatic」以来の17年ぶりとなります。

「もし、母が亡くなった後に妊娠していなかったら、今もし子供がいなかったら、多分、アルバムを作ったり、仕事を始めようと思えていないと思います。」

出典NHK総合「SONGSスペシャル 宇多田ヒカル  ~人間・宇多田ヒカル 今「母」」2016年9月22日放送

母の心の病と子供の頃の記憶

宇多田さんの人生の中で、あまりにも悲しい出来事となってしまった母・藤圭子さんの自死。亡くなった際に発表された、宇多田さんや父親の宇多田照實さんのコメントから、圭子さんが長く心の病を患っていた事がわかりました。それは幼ない頃からの宇多田さんの人生に大きな影響を与えていました。

ママの公演をステージのそでからずっと見てる、すごい音、光、闇、集中力、熱、ママ泣いてるみたい、お客さんの方を向いている、私の方は見てない――。

だんだん、悔しい時も悲しい時も、泣かない子になった。母の前で泣くと、ひどく怒られたから。悲しくて泣いてるのは私なのに、なぜか彼女の方が傷ついて、泣いて、私を責めた。すると私は泣く気が失せた。泣くよりももっと深い悲しみを知った。彼女に悪気は無いんだ、って分かってしまう自分が、体の芯からひんやりしていくようで、こわかった。

出典宇多田ヒカル著「点―ten―」EMI Music Japan Inc./U3music Inc.

何もかもに母が見え、息子の顔を見ても悲しくなった

2013年に母親の藤圭子さんが亡くなった後「もう音楽を作れないかもしれない」と考えていた時期があったという宇多田さん。

「(母の死は)デカいですね…デカかったです。あらゆる現象に母が見えてしまう時期があった。関係ない事象でも」

出典NHK総合「SONGSスペシャル 宇多田ヒカル  ~人間・宇多田ヒカル 今「母」」2016年9月22日放送

一時期は、何を目にしても母が見えてしまい、息子の笑顔を見ても悲しくなる時がありました。

出典 http://trendnews.yahoo.co.jp

それでも目の前の愛おしい命と向き合い、子育てをしていくうちに、少しづつ宇多田さんの心に変化が起きました。それは子育てをする事から与えられた「人格の基礎となるもの」との再会でした。

「生まれて最初の体験とか、人格のいちばん基礎となるものとか世界観が形成されていくじゃないですか。なのにその時期のことを自分では、完全に記憶がない。全て無意識の中、闇の中にあるみたいな。それをみんな抱えて生きてて、そこからいろんな不安とか悩みとか苦しみが出てくると思うんですよね。なぜ、私はこうなんだ? なんでこんなことをしてしまうんだ? とか」

出典NHK総合「SONGSスペシャル 宇多田ヒカル  ~人間・宇多田ヒカル 今「母」」2016年9月22日放送 *

「自分が親になって自分の子供見てると、その最初の、自分の空白の2、3年が見えて来るっていう。ずっと苦しんでいた理由みたいな、闇のわからないっていう苦しみ、何でこうなんだっていう苦しみがふわってなくなった気がして、それこそいろんなものが腑に落ちるというか」

出典NHK総合「SONGSスペシャル 宇多田ヒカル  ~人間・宇多田ヒカル 今「母」」2016年9月22日放送 *

宇多田さんは、子育てをしているうちに「あ、私こんなんだったんだ」「こんなことを親にしてもらって、多分こんなことをして、きっとこんな顔してて」と、ふっと見えてくる瞬間があったと言います。

お互いに愛しているけれど、まっすぐにそれを受け止め合う事が出来ない…記憶にある母と娘の関係は複雑なものでした。しかしもっと遡り、完全に記憶がない時期の自分の基盤となる日々、そして自分の体、それらすべては大切な母から受け継いだものだったのです。

それに気がついた時、宇多田さんの気持ちに大きな変化が起こりました。母親の自死をどう受け止めていいのかわからずもがいていた日々、何もかも母親に見えて苦しかったことが、全く違う視点となって宇多田さんを包み込みました。

それまでの「悲しい」が「素晴らしい」に

「私の原点は母だって気がついたんです。私の世界、あらゆる物、現象に彼女が含まれているのは当然じゃん?と。私の身体だって結局親から来ているものですから、当然だと思えるようになって。それまで『悲しい』と思ってたのが急に『ああ、素晴らしいことだな』と。それを感じられるようになったんだから素晴らしいことじゃないかと思った」

出典NHK総合「SONGSスペシャル 宇多田ヒカル  ~人間・宇多田ヒカル 今「母」」2016年9月22日放送 *

「人間活動」の休業前に発売されたラストアルバムに収録された「嵐の女神」では、亡き母をこんな風に歌っていた宇多田さん。

嵐の女神 あなたには敵わない
心の隙間を埋めてくれるものを 探して 何度も遠回りしたよ
たくさんの愛を受けて育ったこと どうしてぼくらは忘れてしまうの
(中略)
どうして私は待ってばかりいたんだろう お母さんに会いたい
分かり合えるのも生きていればこそ 今なら言えるよ ほんとのありがとう

出典「嵐の女神」宇多田ヒカル

最新アルバム「Fantôme」の最初の曲『道」も母に捧げる曲です。切なく歌いあげていたバラードの「嵐の女神」と反対に、ダンサンブルなこの曲。アルバム発売前のインタビューでは「(この曲は)私は元気だよー!いくよー!」という気持ちだと語っていました。

私の心の中にあなたがいる いつ如何なる時も
一人で歩いたつもりの道でも 始まりはあなただった
It’s a lonely road But I’m not alone そんな気分

出典「道」 宇多田ヒカル(「Fantôme」収録)

そして今回、レコード大賞の候補となった『花束を君に』も、亡き母の事を歌った曲。曲を作る際、宇多田さんは「国民的ドラマの主題歌だから、いつもより間口を広げて誰でもどんな状況でも当てはまる曲にしよう」と考えて作ったそうです。

でもリリースされたら「これ、お母さんのことじゃない?」とすぐに気付いた人が多かったみたいで。しかも同情というわけでもなく、そこを踏まえつつ感情移入してくれていて。それが私にはすごくポジティブに感じられたんです。

出典 http://trendnews.yahoo.co.jp

“お母さん”って最もポップな題材じゃないですか。多分ほとんどの人にとっても、母親か、もしくはそれに当たる存在がいるわけで、そこから自分の核なる部分や、自分だけの世界を形成していくわけでしょ? それってめちゃくちゃポップなことだと思うんですよ。

出典 http://realsound.jp

アルバムタイトルの「Fantôme」は、フランス語で「気配」という意味。「今回のアルバムは亡くなった母に捧げたいと思っていたので「輪廻」という視点から「気配」という言葉に向かいました」と語った宇多田さん。

母から自分へ、そして自らが母となりまた息子へ。宇多田さんの歌声は、絶え間なく繰り返される私たちの生は紛れもなく素晴らしいものだと、私たちに伝えてくれているようです。

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