記事提供:日刊大衆

植木等の付き人になってから早いもので、53年が経ちましたね。博多から役者になろうと思って出てきたのが、19歳のとき。

劇団の養成所に入ろうと思ったら、入学金が払えなかったんですよ、お金がなくて。それから、いろいろなアルバイトをしましたね。結局、車のセールスの仕事がうまくいったんです。ラーメンが1杯40円とかの時代に、月給100万は稼いでいましたから。

それが、植木の付き人になったら700円でした(笑)。でも、全然苦労したとは思っていませんね。スケジュールも一週間で10時間しか寝られませんでしたがね。

それでも、植木のそばにいられるだけで嬉しかった。もうなんでもやりますよ。お茶、タバコを持っていくなんて誰でもできることですから。“お~い”なんて呼ばれたら恥ですよ。どこにいってもずっと、植木を見ていましたね。

いま思えば、人を観察するってことが一番の勉強だったんだなと思います。植木も“芝居なんて手取り足取り教えるもんじゃない。観察力の鋭いやつの勝ちだ”っていつも言っていました。

だから、私のギャグには全部モデルがいるんですよ。“どーして?どーして?おせ~て”は飲み屋で聞こえてきたフレーズですしね。

当時の芸能界と、いまではずいぶん変わりましたね。最近は、挨拶しない人も多いですからね。そういう面倒なことをなくしてしまおうってことなんですかね。もちろんちゃんと挨拶にくる人もいますがね。

昔は、役者として自分がどの位置にいるのかっていうことを考えて、上から順に挨拶回りしたもんですよ。

楽屋がすべてを物語っているんです。座長の楽屋はここ、副座長格はここって。私は、植木から誰にでも会釈しろって教えられましたから。

相手がどんな人なのかわからないから、テレビ局の廊下では全員、自分より上の人だと思えって。挨拶をされて悪い気持ちになる人なんていないですからね。それに、挨拶で現場の雰囲気もよくなります。

いまは、芝居をやっている人の中では、かなりの年長者になってきたわけですから、座長ではなくても、みんなで飲もうって誘うこともありますよ。

誘ったからには、先輩にならなければなりませんからね。それに、割り勘で酒を飲むのは、大っ嫌いなんですよ。

まあ、私が演技でしくじっても、みんなでカバーしてくださいよって意味も込めてだけどね(笑)。

「芸人」と「コメディアン」は違う

現場の雰囲気っていうのは、画にも大きく影響しますよ。特に舞台は、毎日顔を合わせるわけですからね。“調子どう”とか“風邪ひいてない?”って何気ない会話をすることは大事だなと思います。

今回の映画『オケ老人!』でも、ちょうど撮影の時期、医者から血糖値が高いとか言われていたんですよ。

プロデューサーの方が何気なく言ったその話を覚えてくれていたんでしょうね。私だけ野菜中心のお弁当を用意してくれて、お陰様で血糖値もボーンッと下がりましたよ。

そういう細やかな心遣いをひしひしと感じられる現場で、雰囲気も和気あいあいとしていて、とても楽しかった。

現場が楽しいと、出来上がってくる作品も全然違いますからね。『オケ老人!』は、年寄りだらけのオーケストラ楽団が、音楽に真剣に取り組む姿を描いた作品なんですが、画面越しにも現場の空気感が伝わると思いますよ。

役者の仕事もしますが、私はコメディアンでありたいなと思っています。いまは芸人さんなんて呼ばれ方をしていますが、それとは違う。コメディアンは、歌や踊り、日本舞踊などすべて演じれる人のことを言うんです。

そういう意味で、私はまだコメディアンに到達していないんです。きっと、死ぬまで登り続けなくてはいけないんだと思います。

これからも、体が動かなくなるまで、コメディアンとして走り回ろうって思っていますよ。

小松政夫 こまつ・まさお

1942年1月10日、福岡県生まれ。A型。植木等の付き人兼運転手として芸能界入り。『シャボン玉ホリデー』でデビュー。淀川長治のものまねなどで一躍脚光を浴びる。その後、数々の舞台、テレビ番組で活躍。

90年代以降は、俳優としての才能も発揮。11年には社団法人『日本喜劇人協会』10代目会長に選出される。

現在も舞台、映画、ドラマなどで勢力的に活躍中。また36年ぶりのシングル「親父の名字で生きてます」が発売中。出演する映画『オケ老人!』は、11月11日より全国ロードショー。

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス