記事提供:日刊SPA!

◆「メキシコの国境に壁を立てよ!」を支持したアメリカ国民

出典 https://www.flickr.com

大接戦となっていたアメリカ大統領選挙は、共和党のドナルド・トランプ氏(70)が、優勢が伝えられていた民主党のヒラリー・クリントン前国務長官(69)を破り、当選を決めた。

トランプ氏が何を言ってきたかと言えば、一言でいえば、一国繁栄主義を掲げてきた。いいじゃないか、アメリカだけが栄えたらいいんだ、なんで東洋の日本に軍隊を集中して派遣しなければいけないんだ。

なぜ、朝鮮半島の平和のために、米軍が駐留しなければいけないのか。なぜグアムにあれだけの大軍を置かなければいけないのか。

第七艦隊という金食い虫である艦隊は、アジアの平和のために存在しているといっても過言ではない。そんなバカなことはしないでアメリカ人の福祉にもっと役立てたらいいじゃないか。

移民?とんでもない話だ、メキシコからの移民が低賃金で働くから、アメリカ人労働者が割を食う。メキシコの国境には壁を立てよ。その壁を立てるのは、メキシコが建てるべき、金もメキシコが出すべきだ。

天下の暴論ではあるが、アメリカの国民はそれに対して、危ないなと思いながらも、「そうだ!」と支持したのである。

世界の警察と言われていたころのアメリカからは考えられないという論評があるが、どこの国も世界の警察なんて考えていない。自分の国を守ることに必死だ。そこに出てきたのがトランプ氏だった。

◆イギリスの「EU離脱」の悪夢の再来

今回の大統領選挙で、多くの人は6月のイギリスのEU離脱の国民投票を思い出されたのではないだろうか。

イギリスがなぜEUから離脱したのか。6月のあの日、あの時間まで世界中の多くの人たちは、多くのイギリス国民でさえ、離脱するとは露ほども思っていなかった。だが、国民投票の結果を伝えるニュースを見て、世界は仰天した。

しかし、それは歴史的な文脈で見ればおかしなことではない。グローバリズムの限界、例えば、移民を受け入れるかどうか、これはグローバリズムの中でも非常に重要な問題である。

そのことで、ヨーロッパの国々が、非常に混迷と困窮と不安の中にいる。

その現実を目の前につきつけられたときに、特に大英帝国の興亡を知っている年代のお年寄りたちは、いいじゃないか、なんでEUなんかに入ってほかの国の面倒を見たり移民の受け入れなど考えなければならないのか。

イギリスが繁栄したらいいのだ、とトランプ氏の支持者とまったく同じ文脈からイギリスはEUを離脱したのである。

これらの出来事は何を指し示しているのか?それは「グローバリズムの限界」ということである。

◆「メリー・クリスマス!」が言えなくなったアメリカ社会

トランプ氏が大統領になるかもしれないと昨年の今頃言っていれば、「あいつはバカだね」と言われたかもしれない。「あれは泡沫候補だよ」と言われたかもしれない。しかし、実は昨年の時点で、トランプ氏への追い風が吹き始めていた。

私も昨年12月、ニューヨークにいたのだが、五番街の喧騒の中を歩いていて、強い違和感に襲われたことを覚えている。世界一のブランドショップ街に、「メリー・クリスマス!」の文字がほとんど見当たらなかったのだ。

一年を通じて最大の商戦であるクリスマス商戦の真っ只中にもかかわらず、五番街にはメリー・クリスマスに代わって、「ハッピー・ホリディズ!」の文字が溢れていた。

このような変化はここ3~4年、徐々に進んできた。それは、異教徒に対する“配慮”からだと聞いた。ニューヨーク在住歴25年の日本人女性は、事もなげに私にこう言った。

「友人にも、ハッピー・ホリディズですね。どんな宗教を信じているかわからないし…」

ご存知の通り、アメリカ社会は人種・宗教のるつぼであって、既に非英語人口は約20%に及ぶと言われている。WASP(白人・アングロサクソン・プロテスタント)が社会の基盤にあった時代は、遥か遠い過去である。

「どうしてキリスト教のお祭りなのに、ユダヤ教の人もイスラム教の人も仏教の人もメリー・クリスマスと言わなくてはいけないんだ?それはキリスト教の驕りではないのか?宗教の押し付けは止めてくれ」

このような動きが現在のアメリカ社会に、強いうねりとしてある。

もちろん、アメリカの新聞の中にも、「ハッピー・ホリディズ」なんて言わないで、「メリー・クリスマス」という言葉をそれぞれの宗教の人々が微笑で迎えるような多様性や寛容性があってもいいんではないか、という論調もあるが、それは少数意見である。

クリスマスツリーを飾るのも、「果たしてこのアパートメントでは、いいんだろうか?ここにはイスラム教の人もいるんじゃないか?それは宗教の押し付けになるんじゃないか?」と気兼ねする不思議な風潮。

◆「この国には公正で中立的なバカが多すぎる」

トランプ氏は、以前ツイッターで「この国には公正で中立的なバカが多すぎる」とつぶやいた。「メキシコ国境に壁を造れ」「イスラム教徒の入国は禁止せよ」など、トランプ氏の主張には呆気に取られるものが数多い。

しかし、「この国には公正で中立的なバカが多すぎる」という彼のこの言葉だけは、なぜか私の頭に引っかかった。

アメリカ社会では、今まで無邪気に謳歌してきた楽しい行事が、「多様な」という価値観にがんじがらめに覆われてしまっていたのである。

多様な価値観を認めようとするあまり、大切な価値観にふたをしてしまう、あるいは元々ある伝統的な価値観は古いと葬ってしまう社会の動きに潜む「非寛容さ」。これこそが、今のアメリカ社会を窮屈にしているのではないだろうか。

「多様な価値観を認めよう」という考え方そのものが、実は多様な宗教観や価値観、多様な楽しみ、生き方、そういうものを逆に縛る一神教的な教義となってしまっているのだ。このような現象は今の日本でも同じように見られることである。

少数意見は尊重されなければならない。それは、成熟した社会の一つのベクトルだろう。しかし、一方で多数意見や曲げるべきではない常識、伝統も尊重されるべきものではないだろうか。

「メリー・クリスマス!」と幸せそうに声を掛け合った街角の風景は、進行する多様性に満ちた社会では、すでに懐かしい幻となりつつあるのかもしれない。

だからこそ、このような風潮が昔の無邪気でそれでいて強かったアメリカに対する、国民のノスタルジーを呼び起こし、トランプ大統領誕生への追い風となったのではないだろうか。

【佐藤芳直(さとう・よしなお)】

S・Yワークス代表取締役。1958年宮城県仙台市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、船井総合研究所に入社。以降、コンサルティングの第一線で活躍し、多くの一流企業を生み出した。2006年同社常務取締役を退任、株式会社S・Yワークスを創業。

著書に『日本はこうして世界から信頼される国となった』『役割 なぜ、人は働くのか』(以上、プレジデント社)、『一流になりなさい。それには一流だと思い込むことだ。舩井幸雄の60の言葉』(マガジンハウス)ほか。

日刊SPA!PLUS!にてコラムを連載中

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