記事提供:CIRCL

いじめや犯罪など人間の暴力性にかかわる問題を考えるとき、人間は生まれながらに善なのか、それとも悪なのかという話題になることがある。

いじめのケースを検証した結果、人間は2つのどちらのタイプにも属さず、環境によって変化する可能性が考えられるという。

被害者が自殺したとき、いじめの加害者の気持ちは?

いじめのなかには、被害者を自殺にまで追い込んでしまうような悲惨な例もあるが、いじめの加害者が、すぐに後悔するとは限らない。具体的には次のような例があるという(※1)。

・通夜の席で棺桶に収められている被害者の顔を見て、笑っていた。
・被害者が亡くなって、加害者が「死んでせいせいした」「(いじめのターゲットがいなくなって)毎日がつまらない」などと発言する。

いじめの発生には、加害者の家庭環境や社会環境などが複雑にかかわっているものだが、加害者のこのような言動は、もともとの性格が残忍であったのではないかと思う人も多いだろう。

いじめをしてしばらく経つと、自分の行動を不思議に思う

しかし、いじめの加害者の中には、学校を卒業すると「なぜ自分があんなことをしたのだろう」と思う人も多いという。

明治大学の准教授である内藤朝雄氏は、実際にあったいじめのケースの検証をして、人間の性格は性善説や性悪説のように2タイプに分けられるものでなく、一定条件の環境下では「平和相」と「暴力相」2つのタイプに変化ができるという説を唱えている。

さらに、内藤氏は環境を調節することで、平和的な状態を維持できるのではないかとしている(※1)。

いじめの環境において日本は傍観者タイプが多い

いじめの環境となるのは、舞台そのものである学校だ。いじめの国際比較のデータによると、日本では「傍観者タイプ」が多く、いじめを止めるような「仲裁者タイプ」が少ないことが分かった(※2)。

さらに、日本では「いじめられる側にも原因がある」という考えもあるため、学校の教室のような閉鎖的な空間では、傍観者の共感を呼ぶかどうかで、いじめの加速度は異なるだろう。

いじめを止めるには傍観者がカギとなる

いじめを加害者と被害者だけで解決することは到底無理であることが多く、解決には傍観者の行動がポイントとなる

傍観者が被害者を直接いじめることはなくても、いじめ行為をはやしたてれば、内藤氏の語る「暴力相」がさらに増し、いじめはエスカレートしやすくなるだろう。

逆に傍観者が被害者に同情などの共感をすれば、直接止めることはできなくても、教師に知らせるなど何かしらのアクションが起こるかもしれない。

黙って見ていることは間接的にいじめの環境を肯定し、被害者を追い込んでいることになる。教室の大部分を占める傍観者もいじめを取り巻く環境に大きくかかわっていることを把握し、教育現場でも対策をとることが必要だ。

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