記事提供:子どものこころが穏やかに育つ魔法の育児法


死ぬのはこわい。

誰かが死ぬのは悲しい。

死を連想させるものは世の中にたくさんあるし、

誰かの予期せぬ死に直面すれば、自分の喉元をふさがれたように痛いし、

予期していた死だって、直面したら苦しくて辛い。


1度生まれた命ならば、必ずどの命も1度死ぬ。

それは残酷なまでに優しく平等で、死は生きていれば、

いつか誰にでも必ず訪れるものだと、いつからか私は知っている。


知っているけれど、私はやはり死がこわい。

自分の大切な人が死ぬことは自分が死ぬよりももっと、こわい。

死んだらもう明日はこない。

それまであたりまえに訪れた明日が突然こなくなる。

やりたかったことを夢半ばで突然諦めなくてはならなくなる。

私は死がこわい。

でも私は、明日が来ないことが怖いんじゃない。

夢を追えなくなることが怖いんじゃない。


私は、大好きな人たちに2度と会えなくなることがいやなんだ。

私にとって死ぬことは「あえなくなること」。

私にとって生きることは「あえること」。

『あなたに会えること』

『あなたを大切にすること』


明日がくる意味も、夢を追う意味も、

自分を必要としてくれている人に会えるから。

自分が会いたい人に会えるから。

誰かの涙をぬぐえるから。

自分を大切にしてくれている人に、ありがとうを伝えられるから。

愛してる人に愛してることを残せるから。


だから私は今日を生きる。

情けなくても、かっこ悪くても、生きる。


「生きている」


だだそれだけで私たちはどこかで誰かの生きる意味になれたりする。

そして誰かの生きる意味になれたりする私たちの命は、

何度でも誰かのそばで“生きる”のでしょう。

生きることは奇跡だ。

会えることも、あなたの涙をぬぐえることも、

「ありがとう」も、「愛してる」も、奇跡だ。

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