出典 http://ameblo.jp

私も実は、

病気になる前から、誇らしくない母でした。

なぜかというと、

当然なれるだろうと思っていた、自分の母のような母に、なれなかったからです。

自信喪失でした。

私は、全て自分が手をかけないと、気が済まなくて、

全て全てやるのが母親だと強くこだわっていました。

それが私の理想の母親像でした。


けれど、病気になって、

全て全てどころか、全くできなくなり、

終いには、入院生活で、子供たちと完全に離れてしまいました。


強制的に、こだわることができない環境になってしまいました。

そして、皆に手をかけてもらうようになりました。


病気は神様からのメッセージだという考え方もありますが、

その意味では、自分の心身を苦しめたまでの、こだわりは、

失ってみると、それほどの犠牲をはたく意味のある、

こだわり(理想)ではなかったことに、気づきました。

だって、皆、いてくれたんだから。

前からずっと。

甘えていれば、全て失わなくて済んだかもしれないのだから。


でも、今、子供たちといられる時間が増えて、

また、ニョキニョキと、私のこだわりが再起してきています。


そこで、姉が忠告してくれます。

「だから、やめなよー」

こだわりは、厄介なのです。

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス