「渋谷暴動事件」から45年、ついに…

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今から45年前の警察官を殺害して指名手配されている大坂正明容疑者(67)が、支援チームのリーダー格の男、永井隆容疑者(67)から匿(かくま)ってもらっているとの見方が強くなってきた報道がありました。「渋谷暴動事件」として長きに渡って知られてきました。

そのリーダー格の男は、サイクリングを装い、活動家のメンバーと接触を繰り返していたことも判明しています。4年前に警視庁が中核派(極左暴力集団)の非公然アジトを家宅捜索中、「水に溶ける秘密文書」が見つかり、それが決め手となり永井容疑者が浮上しました。

「渋谷暴動事件」は45年前の1971年11月、東京・渋谷で中核派の過激派の学生らが火炎瓶などを手に機動隊を襲撃し、新潟県警の中村恒雄巡査(当時21)が殺害されたものです。

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警察庁は、指名手配中の大坂正明容疑者の逮捕につながる有力な情報を集めています。提供者に支払う捜査特別報奨金300万円を11月1日より設定しました。

懸賞金上限額300万円…、容疑者逮捕まで時間の問題となってきたのでしょうか。

警視庁公安部は現在も、大坂容疑者を組織的に匿(かくま)っているとみられる中核派の行方を追っています。

あの指名手配犯たちの驚きの逃亡生活とは?!

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渋谷暴動事件」では45年もの間、逃亡を続ける犯人たち。他にも過去凶悪犯罪などを犯し、指名手配されていた犯人たちは多くいます。完全なる逃亡は果たして可能なのでしょうか。

日本中を大きく騒がせたあの事件の指名手配犯たちは、どのように逃げ、逃亡生活を送っていたのでしょう。普通では考えられないその裏側を暴いてみましょう。

「英国人女性殺人・死体遺棄事件」市橋達也

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2007年千葉県市川市で、イギリスからの英会話学校講師リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)が、市橋達也(当時28歳)に殺害された事件がありました。警察が市橋の自宅へ捜査に来るも、そこから2年7か月もの間逃亡を続けました。リンゼイさんは、市橋宅のベランダの浴槽に埋められた状態で発見されました。

市橋とリンゼイさんは、プライベートの英会話の生徒と講師という関係だったようです。

何度か捜査員に発見されながらも、所持金5万円ほどを手にしながらうまく逃げ切り、途中自分でカッターナイフを利用し、人相を変えるため顔に整形をほどこしてもいました。

市橋が逃亡した経路としては、北関東周辺、静岡、その後青森、大坂、岡山を経由し、四国松山港からフェリーで別府港に移動、鹿児島を経て沖縄…と日本全国におよんでいたことも判明しています。

計4回訪れたというほぼ無人島の沖縄「オーハ島」では、最長3か月滞在。近くで仕事を探すも見つからず、自給自足生活。その後図書館でサバイバルを学び、魚や蛇を獲ったり野菜を栽培したりもしたそう。泳いで奥武島に渡り、1週間分の飲料水をペットボトルに詰めたりもしていました。燃料の薪は流木で事足りたとか。

大阪で住みこみの仕事もし、解体現場や建設現場を中心に、良好の勤務態度で働いていた市橋。得た貯金で名古屋で2度整形手術も受けていました。そこのスタッフが報道されていた市橋に気づき、警察へ通報。

2009年11月10日大阪南港フェリーターミナルで、沖縄行きに搭乗しようとしていた市橋を、通報により先回りしていた警察によって身柄を確保され、逮捕へとつながりました。

「オウム真理教」高橋克也

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1995年に発生した「地下鉄サリン事件」などで、特別手配されていた「オウム真理教」元信者の高橋克也が、約17年間におよぶの逃亡生活の末、2012年6月に殺人容疑などで逮捕されました。東京都大田区西蒲田の漫画喫茶店内で捜査員により発見されました。

高橋克也は、17年の逃亡中「櫻井信哉(さくらいしんや)」という偽名を使って別人として生活していたことも判明。埼玉県所沢市のアパートなどで潜伏生活を送り、元教団幹部であった菊地直子と2人でホテルなどを転々としていたことも分かっています。

出頭せず長期間の逃亡をし続けたのも、元オウム真理教教祖の麻原彰晃(本名・松本智津夫)死刑囚の意思を受け継いだことによるものだとか。

平成9年には、高橋は就職した川崎市内の会社寮で菊地と同居を開始。区役所で他人の手続きを盗み見て住民票まで取得し、偽名での生活ができるようになりました。自身の指名手配写真のある地域を避けるような生活をし、警察とすれ違っても怪しまれなかったとも語っています。緊張感から解放され、「櫻井信哉」という偽名もかなり定着していたようです。

高橋は菊地に、「警察に追い込まれても遠くへは逃げず、土地勘のある場所に身をひそめる」よう漏らしていました。高橋の逮捕のほんの少し前に、菊地の目撃情報が寄せられたことから、彼女は逮捕され、その供述から、高橋の逮捕に至りました。

「松山ホステス殺害事件」福田和子

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1982年8月愛媛県松山市で発生した「松山ホステス殺害事件」。松山市のマンションでホステス(当時31歳)が元同僚であった福田和子に殺害されました。その後、福田和子とその夫がマンションから家財一式を奪って逃亡し、遺体は松山市内の山中に遺棄されていました。
当時の時効は15年であり、その時効成立21日前に逮捕という劇的な幕切れが話題となりました。

福田はホステス殺害後、本州へ移動し大阪を経由、そして金沢市に15年にも及ぶ当てのない逃亡生活をしていました。逃亡資金は60万円だったといいます。市内で求職するも30歳という年齢から再就職が難しく、最終的にはスナックで働き始めました。その後整形手術をし、老舗和菓子屋の店主と内縁関係を築き、店の売り上げを伸ばしたといいます。実の息子を親戚と偽り呼び寄せそこで働かせてもいました。

数年後、福田の指名手配が全国に貼られ始め、それを見た和菓子屋の家族が福田を怪しみ通報するも、またもや逃走。その後は、巧に警察の捜査網を潜り抜けて逃げ続けました。

1997年福田が潜伏していた福井市内の行きつけのおでん屋のママと常連客が福田を怪しみ通報。それがきっかけとなり逮捕となりました。

その上を行く警察

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凶悪殺人事件等で逃げ続ける指名手配犯。「渋谷暴動事件」のように、45年もの年月が過ぎても警察は追い続けます。犯人たちの逮捕も時間の問題でしょう。整形手術をほどこそうが、偽名を使おうが、逃亡生活をしながら生き抜くにはそれなりの資金や仕事が必要。それらを得るためには、その地域の人々と関わって生きていかなければなりません。それが逃亡生活の落とし穴。必ずそれに気づき怪しみ、通報する者が現れます。

指名手配犯たちよ、今の世の中で完全に逃げ切ることは不可能です。

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