記事提供:テレビPABLO

『ミュージックステーション』/2016年10月14日放送・テレビ朝日系

とにかくピコ太郎がすごいことになっているらしい。世界中で人気を博しているらしい。若者の間でもめちゃくちゃ流行っているらしい。「らしい」をこれだけ重ねないとうまく言い表せないところに、今回の”ピコ太郎”現象の特異性がある。

テレビなどのマスコミでこのニュースが報じられるときにも、この「らしい」を何段にも重ねたようなニュアンスで伝えられることが多い。すごいらしい、という漠然としたイメージだけが独り歩きしている。

もちろん、大変なことになっているというのを示す具体的な事実はある。あのジャスティン・ビーバーがお気に入りの動画として紹介したとか、動画再生回数で世界一になったとか、海外メディアでも取り上げられているとか。

でも、本当のところ、いったい何が起こっているのか、これをどう受け止めていいのか、大半の日本人にはつかみきれていない。この国では、「売れる」とは「テレビによく出ている」とほぼイコールの関係にある。

テレビにたくさん出ているわけでもないのにネット上ではやたらと流行っていて、世界各国でも話題になっている、という現象をどう捉えたらいいのかが分からない。「売れる」が臨界点を超えたとき、私たちにはそれを表す言葉がないのだ。

何しろ、この感じの売れ方というのは、正真正銘、初めてのケースだ。日本人にとって世界とは、具体的な評価をもらって帰ってくるだけの場所でしかない。

北野武が「世界のキタノ」と呼ばれるのも、メダリストが尊敬されるのも、賞やメダルという分かりやすい称号を手に入れて帰ってくるからだ。

まだ何も得ていないはずなのに、世界中で人気だけを先に前借りしてしまったピコ太郎。この人はすごいのか、すごくないのか。

10月14日放送の『ミュージックステーション』にピコ太郎が登場するというので見てみた。街頭で中高生にピコ太郎のことを尋ねて、彼らが答えている間に、後ろに停めたボックスカーからピコ太郎が突然現れて彼らの反応を確かめる、という企画だった。

そこにいるはずのないスターがそこにいる、という素朴な驚きを見せるのが目的の、古来より伝わるドッキリ企画である。

街頭で女子高生たちが「覚えやすい」などと、ピコ太郎の楽曲の魅力を口々に語る。すると、本物のピコ太郎が出てきて「覚えやすいのは嬉しい」と話しかける。そこで彼女たちはピコ太郎を見て本気で驚き、騒ぎ、興奮する。

それは、ただの芸人ではなく世界的なスターを前にしたときの反応だった。これが今、世の中で実際に起こっていることなんだ、というのを分かりやすい形で見せてくれた。

国内では、この手の爆発的な売れ方をする芸人は、「一発屋(またはその予備軍)」としてバカにされる傾向がある。テレビに出る芸人の中でも最下層に位置づけられてしまう。はっきり言えば、なめられている。でも、その最下層が現に世界のトップに立っている。

「先輩・後輩」「売れてる・売れてない」「大手事務所・中小事務所」などの厳格な秩序のある日本の芸能界やお笑い界を飛び越えて、1本のネタだけが世界に届いてしまった。実のところ、「芸能人」という肩書きにこだわっているのは芸能界だけだ。

世間一般の人にとっては、あるパフォーマンスを見るとき、それをやっている人が芸能人であるかどうかはどうでもいい。面白ければそれでいい、というのが普通の感覚だろう。

先輩の楽屋に挨拶に行かなくても、生放送で喪服みたいなスーツを着て謝罪をしなくても、世に出る方法はいくらでもある。

つかみどころのない”ピコ太郎”現象の本当の面白さは、ピコ太郎という異例の存在そのものが、日本という国、日本人という人種、日本の芸能界のあり方を改めて浮き彫りにしてしまうところにある。

「世界的に売れているらしいよ(笑)」という言い回しを「(笑)」で締めることができるのは、結局のところ日本という国には外側がなく、「世界」というのは自分たちに関係のない架空の場所でしかないからだ。

日本のマスコミにはまだピコ太郎を入れるための器がない。前例のないものをどう処理すればいいのか、試されているのはピコ太郎ではなく我々の方だ。

コラムニスト

ラリー遠田

1979年生まれ。東京大学文学部卒業。作家・ライター、お笑い評論家として執筆、講演、イベントプロデュースなど多方面で活動。

主な著書に『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)がある。『ヤングアニマル』(白泉社)に連載中の漫画『イロモンガール』の原作を手がける。

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