2016年の音楽シーンは、とにかくお笑い芸人の活躍が目覚ましい。上半期にはオリエンタルラジオを中心に結成されたRADIO FISHが「PERFECT HUMAN」でiTunesランキング1位を獲得。

続く下半期には古坂大魔王プロデュースのピコ太郎が「ペンパイナッポーアッポーペン(PPAP)」でアメリカのビルボードチャートで歴史的ランクインを記録。あのジャスティン・ビーバーも虜にするほど、日本の“芸人ソング”は様々な場所で広く親しまれている。

思い返せばもともと日本という国において、笑いと音楽はずっと近い距離にあった。とりわけそれが人々の記憶に深く刻み込まれたのは90年代、国内で最もCDが売れていた時期のお笑い芸人たちは、国民的ヒットソングを数多く生み出す人気アーティストという一面も常に兼ね備え続けていた。

あの時、あの曲。

#20 秋の夜長に沁みる。予想外のいい歌詞に泣けた「90年代芸人ソング」

今、当時のチャートを振り返ってみると、90年代の芸人ソングにはその多様さだけでなく、多くが“ある共通点”を含んでいたことに改めて気づかされる。かつての私たちがランキング上位に押し上げた楽曲は、予想以上に「誰かを鼓舞するようなメッセージ」を多く含んだものが、とにかく多いのだ。

そこで今回は90年代に発売されたお笑い芸人が歌う音楽作品の中から、パロディものや恋愛ソングを抜いた、メッセージ性の強いシングル楽曲を厳選し、累計売上枚数順に並べてみた。

あなたの記憶と結びついている「あの時、あの曲。」は、一体いくつあるだろうか?

10位「ツキ / 猿岩石」(累計41.4万枚)

“HEY!HEY! どうにかなるだろう きっと うまく行くさ“

出典猿岩石『ツキ』

1997年3月にリリースされた、猿岩石の2ndシングル『ツキ』。1996年にテレビ番組「進め!電波少年」のユーラシア大陸横断ヒッチハイクから大ブレークし、まだ視聴者の興奮冷めやらぬ中、当時まだ20代前半の猿岩石が歌ったのは、等身大の応援歌だった。

この作品は「スーパーカップ」のCMソングにも起用されたことも追い風となって、累計41.4万枚のヒット。困難な旅を終えたばかりの彼らだからこそ歌えた、ポジティブな明るさは、今もどこか胸に残る。

9位「一番偉い人へ / TUNNELS」(累計60.5万枚)

“群衆になんてなりたくなかった 俺は俺だと 叫んでいたいよ”

出典TUNNELS『一番偉い人へ』

1992年9月にリリースされた、とんねるずの19thシングル『一番偉い人へ』(作品のクレジットは“TUNNELS”)。80年代からすでに有名作品を多数生み出していたとんねるずだが、90年代のCDバブル期は音楽面の評価もさらに高まり、この曲でグループ史上歴代3位の累計売上60.5万枚を記録する。

タイトルの「一番偉い人」とは、そのまま「内閣総理大臣」の意味。景気後退が始まり閉塞感の強まっていく当時の日本においては、若き社会人の葛藤をありのままに歌う、貴重なメッセージソングの一つでもあった。

8位「FRIENDSHIP / H Jungle with t」(累計68.7万枚)

“逆らうこともある 時代が必ず正しいとは限らないから”

出典H Jungle with t『FRIENDSHIP』

1996年4月にリリースされた、ダウンタウンの浜田雅功と小室哲哉による音楽ユニット・H Jungle with tの3rdシングル『FRIENDSHIP』。当時は小室哲哉のプロデュース楽曲がオリコンシングルチャートの1~5位を独占するほど人気を集めており、このH Jungle with tの作品もブームに大きく貢献した。

この『FRIENDSHIP』は当時、浜田雅功が坂本竜馬を演じたテレビドラマ「竜馬におまかせ!」の主題歌に採用された。歌詞も一見、坂本竜馬の生き方を思わせるようなメッセージが散りばめられているのだが、小室哲哉は自身のラジオ番組で「(浜田が所属する)ダウンタウンの歴史の意味も込めている」と後に語っている。

7位「情けねえ / とんねるず」(累計73.7万枚)

“人生の傍観者たちを俺は許さないだろう”

出典とんねるず『情けねえ』

1991年5月にリリースされた、とんねるずの17thシングル『情けねえ』。辛辣なタイトルのこの曲が生まれた1991年は、イラクにおいて、湾岸戦争が勃発した年でもある。

それまでコミカルな曲調が多かったとんねるずが一転して真剣な社会風刺を行ったこの作品は、そのインパクトとともに大きな支持を集め、やがて累計70万枚を超えるヒット曲に。後にこの曲でとんねるずは同年の日本歌謡大賞を受賞、そしてNHK紅白歌合戦の初出場も果たすこととなった。

聴けば聴くほど、そのメッセージは今も変わらず熱を持っているのがわかる。これは後にも先にもあのとんねるずだからこそ成し得た、奇跡的な音楽作品といえる。

6位「STAMINA / BLACK BISCUITS」(累計76.3万枚)

“スタミナが胸にないとね やさしさも愛も出せない”

出典BLACK BISCUITS『STAMINA』

1997年12月にリリースされた、3人組音楽ユニット・“ブラビ”ことBLACK BISCUITSの1stシングル『STAMINA』。結成時のメンバーはウッチャンナンチャンの南原清隆、キャイ~ンの天野ひろゆき、女性タレントのビビアン・スーという構成になっていた。

当時放送されていた人気バラエティ番組「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」から生まれたこの楽曲は、親しみやすい明るい曲調と、メインボーカルのビビアンが伝える前向きなメッセージが強い相乗効果を生み、従来の視聴者層以外も巻き込んだ思わぬヒット曲に。デビュー曲で想像以上の反響を呼んだ彼らはその後、さらなる人気を獲得することになる。

5位「Power / ポケットビスケッツ」(累計90.5万枚)

“南風よ伝えてよ あふれる想い あの人まで”

出典ポケットビスケッツ『Power』

1998年7月にリリースされた、3人組音楽ユニット・POCKET BISCUITSの5thシングル『Power』。こちらのユニットはウッチャンナンチャンの内村光良、キャイ~ンのウド鈴木、女性タレントの千秋というメンバー構成になっている。

こちらも前述の“ブラビ”と同じく「ウリナリ!!」から生まれたユニットだが、先に誕生したのはこの“ポケビ”だった。しかし活動を賭けた番組内の対決企画では後発のブラビに圧されることも多く、このリリースの前には実際、勝負に負けたことで新曲のマスターテープが破棄されてしまうという憂き目にも遭っている。

『Power』はそんなポケビを応援しようと200万人の視聴者が実際に参加した、署名運動への感謝をきっかけとして生まれた作品で、グループにとっては初のオリコンウィークリーチャート1位作品にもなっている。

4位「白い雲のように / 猿岩石」(累計113.1万枚)

“風に吹かれて歩いてゆくのさ 白い雲のように”

出典猿岩石『白い雲のように』

1996年12月にリリースされた、猿岩石の1stシングル『白い雲のように』。先のユーラシア大陸横断ヒッチハイクから帰国した直後、プロデューサーの「歌が思ったより上手い」という発想で思わぬ歌手デビューを果たすことになった猿岩石は、さらに思わぬロングヒットで、異例のミリオンセラー歌手となる。

元チェッカーズの藤井フミヤと藤井尚之が提供したこの曲は、そのまま猿岩石という二人の若者の道のりを思わせる内容になっており、その秀逸なメロディも相まって、人々に広く愛される一曲と育っていった。芸人の猿岩石が体を張って示した「困難と希望の旅」、それは人間にとっていつの世も変わらぬ、普遍的な人生テーマでもある。

3位「Yellow Yellow Happy / ポケットビスケッツ」(累計120.5万枚)

“もしも 生まれ変わっても また私に生まれたい”

出典ポケットビスケッツ『Yellow Yellow Happy』

1996年9月にリリースされた、ポケットビスケッツの2ndシングル『Yellow Yellow Happy』。オリコンウィークリーチャートのトップ3には一度も入らなかったものの、ロングヒットによりついにミリオンセラーを達成、最終的には120万枚以上を売り上げた、ユニット最大のヒット曲となった。

作詞を担当したのはメインボーカルを務めていた千秋で、女性目線の力強いその言葉は、やはり彼女の持ち味であるハイトーンボイス、そして足で地面を蹴る個性的なパフォーマンスによって、さらに勢いを増すこととなった。もともと歌手志望でもあった彼女は後にこのポケットビスケッツで日本武道館のステージに立ち、満員の観客の前でこの曲を披露している。

2位「Timing / BLACK BISCUITS」(累計148.3万枚)

“ズレた間のワルさも それも君の”タイミング””

出典BLACK BISCUITS『Timing』

1998年4月にリリースされた、BLACK BISCUITSの2ndシングル『Timing』。「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」の中でも最大となる、累計148.3万枚を売り上げた。同曲は1998年の年間チャートでもGLAYの『誘惑』、SMAPの『夜空ノムコウ』、SPEEDの『my graduation』といった名だたる名曲に肩を並べた第4位の好成績を残している。

この作品が歴史に名を刻むほどの支持を集めたのは、バラエティ番組から続く明るさが広く届けた、そのポジティブな歌詞にある。現代日本に生きる人々が誰しも突き付けられる「空気を読むこと」。時に息苦しさも覚えてしまうようなそのやりとりを、この曲は「タイミング」という言葉ですべて肯定し、解放した。メインボーカルだったビビアン・スーの輝く笑顔と共に、これからも口ずさまれていくであろう名曲である。

1位「WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント / H Jungle With t」(累計213.4万枚)

“自分で動き出さなきゃ 何も起こらない夜に
何かを叫んで自分を壊せ!”

出典H Jungle With t『WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント』

そして堂々の第1位は、1995年3月にリリースされた、H Jungle with tの1stシングル『WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント』。この曲はお笑い芸人が発売した全CD作品の中でも、ぶっちぎりの売上歴代1位となっている。

この曲の歌詞をプロデューサーの小室が書き始めたとき、彼の頭の中にあったのは「寝る暇もない大変な浜田雅功」の姿であったという。しかし途中、ぶらっと浜松町まで出かけた小室が、街で働く人を観るうちに作品のテーマは「応援歌」へと変わっていった

そしてお笑いが本業である浜田の不器用で飾らぬ歌声は、この曲にとって何よりも必要だった「普遍的な歌」という最後のピースを埋める。わずか1週間で完成したこの作品は、90年代の音楽シーンを代表する一曲として、現在までずっと歌い継がれている。

今回紹介した楽曲を歌うお笑い芸人たちは、20年以上が経過した今も全員がテレビの第一線で人気を保ち続けている。笑いと寂しさも、本当はずっと近い距離にあるのだ。そして彼らはその時々の最善の方法で、いつも求める人の側にあり続けようとしている。

愚直なほどにただ人々の笑顔を追い求めるプロの世界。その中を生きる彼らの音楽活動には、いつも弱気を跳ね返す、時代を越えた希望のメッセージが詰まっていた。

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Spotlight編集部 小娘 このユーザーの他の記事を見る

1983年生まれのフリーライター。アイドルと音楽と歴史が好きです。デビューから応援しているアイドルの再評価をきっかけに、新規 / ライトファンを意識したエンタメ記事を日々研究しています。

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