記事提供:TOCANA

江戸時代末期、第15代将軍徳川慶喜から明治天皇へ政権が返上され、武家が世を治める時代は終わりを告げた。さらに明治9年、武士の魂である刀を旧士族が帯刀することを禁じる廃刀令の発令をきって、事実上侍は消滅したとされる。

しかし今年2016年、山形市はふるさと納税の返礼品として、山形市内に道場を構える「阿部派一刀流」の抜刀道体験を採用した。その開祖、阿部一刀斎師範(38歳)は日本で唯一行政に認められた抜刀道家となり、これこそ彼が150年ぶりに復活した“現代の侍”と呼ばれるゆえんである。

今回トカナは、全国抜刀術大会(無差別級)で優勝した経験を持ち、まさにその道の第一人者である阿部一刀斎師範の道場を訪ねインタビューを敢行! 

現代人にとっては馴染みの薄いものになってしまった抜刀術や日本刀について、そしてどのような生き方をしてきたのか、さらに妖刀と呼ばれる刀のエピソードに至るまで多岐にわたってじっくり話を聞いた。 “現代の侍” が突き進む武士道の真髄とは……!?(第1回/全3回)

心と体を鍛えて武士道を身につけるために

――それではよろしくお願いします。まずは抜刀術についてうかがいます。阿部さんは元々居合をされていたそうですが、居合と抜刀の違いについて教えてください。

阿部一刀斎(以下、阿部) 簡単に言うと、居合というのは座った状態から始まり、抜刀は立った状態から始まります。さらに居合は型を演じるもので、斬るということに重きが置かれていません。

抜刀の場合は、実際に畳表を丸めたものを斬るというところに違いがあります。ただ、どちらも目指すところは同じで、心と体を鍛えて、武士道を身につけるためのものだと考えています。

――なぜ、居合をされていた阿部さんが抜刀の道に進まれたのでしょうか? そのあたりの経緯をお聞かせください。

阿部 14歳の時に、新聞で兜割りの記事を見たんです。神奈川県の抜刀道家が兜割りに成功して、それが記録上では4人目の成功者だという記事でした。

当時、私が好きだった漫画『銃夢』の電というアンドロイドの革命家が刀使いで、彼がなんでも一刀両断するシーンとかぶってかっこいいな、と思ったんです。それでひたすら、自己流で縦素振りばっかりやっていました。

その後、20歳の時に居合を始め、型の美しさや所作は身についたのですが、やはり実際には斬らないんでね……。

――阿部さんとしては実際に斬りたかったということですね?

阿部 はい、やはり兜割りが私の夢でしたから。それで26歳の時に、兜割りをやってみたいという私の気持ちを知っていた当時の妻が「日本刀真剣 試し斬り 生徒募集」と書かれた新聞の記事を見つけてきてくれたんです。

それで、記事を出していた山形市内の市内の抜刀道場に入門しました。ですが、抜刀の大会に出てもなかなか勝てなかったんです。今思うと、これには政治的な力が働いていたのかもしれません。

――派閥争いのようなものが抜刀の世界にもあるのでしょうか?

阿部 意外に思われるかもしれませんが、あるんです。狭い世界なのですが、立派な先生がたくさんいらっしゃって、それぞれ際立ってるのでプライドがぶつかり合うんです。

――人知れず刀を振っているようなイメージがあったので意外ですが、やはりみなさんがそれだけ自分の抜刀術に自信を持っているということなんですね。なかなか大会で勝てなかったということですが、抜刀の世界に入られてわずか2年で、全国大会で優勝されています。

阿部 28歳の時に、神奈川県のN先生という方が、私を見て思うところがあったようで、自分の道場に招待してくれました。それで、神奈川まで行って泊まり込みで修行しました。

その時にたまたま先生の道場から、私が14歳の時に見た兜割りの記事が出てきて、そのN先生が、私が憧れ追い求めていたあの抜刀道家だと気付いたんです。その時はうれしさのあまり泣いていたかもしれません。

人が物を見て反応する前に動く技

――それは強い運命を感じますよね。その修行で何かきっかけをつかまれたのでしょうか?

阿部 先生にはお子さんがいましたが抜刀をしていなかったんです。それで先生が“春霞”という秘剣を授けてくれました。そこから、全国大会で勝てるようになっていったのです。

――派閥争いをものともしない圧倒的な技を身につけたということですね。それほどの技がすぐに身に付くものなのですか?

阿部 基礎ができていたので後はちょっとしたコツなんです。ただ力一杯刀を振ればいいというわけではないということに気付かされました。人は物を見てから0.5 秒後に反応できるといわれていますが、 “春霞”はその間を突く身体操法と呼ばれる技術なんです。

他流派のあらゆる斬り方を研究して、刀の握り方や骨の位置、筋肉の動き方を分析して初めて勝てるということに気付きました。

――とても科学的で緻密な世界なんですね。

阿部 私の場合は理学療法士や脳外科医の意見を取り入れて、 “春霞”を発展させた“零式”という奥義を完成させました。これは他の流派で“霞”と呼ばれている技に似ているのですが、使っている筋肉が違うんです。

昔の侍は当然命が懸かっているので、そこまで緻密に研究しているんです。そうして生まれた技が、自分の弟子や子供が死なないように秘伝として伝えられるんです。

武術の秘伝は、決して相手を倒すためだけのものではなく、自分の弟子や子供が絶対に死なないためのもので、命に対する純粋な慈しみから生まれるものなのです。

――続いて、阿部派一刀流が重んじていることを教えてください。

阿部 阿部派一刀流では、斬ることはあくまでもエキシビションである、と明確に位置付けています。斬れなくてもいいんです。それよりも、武家が残した古典などを通して、歴史や武士道精神を学ぶこと。 

“素振り禅”と名付けた素振りを通して、神様の前でありのままの姿をさらけ出し、自分の悩みを消していくことを重んじています。もちろん段階を踏まえて技術も教えますし体力もつくので、やっていれば勝手に強くなっていきます。

ただ、格闘技術や武術を覚えるということの先にあるものを、私は重んじています。他流派と比べると、やや宗教チックかもしれません(笑)。

――“素振り禅”とはどのようなものなのですか?

阿部 普通の腹式呼吸の逆で、鼻から吸ってお腹を引っ込ませ口から吐く、というのを繰り返すと、次第に体と心が弛緩していくのがわかるんです。その呼吸に合わせて、数を数えずにゆっくり木刀を振ります。

ボクシングで使うラウンドタイマーを使って、例えば初めのうちは2分振って30秒休む、というのを繰り返します。一振り一振り、神様にだけ見せるつもりで振り、その時に記憶の中の嫌な出来事や光景が出てきたら、それをことごとく木刀で断ち切っていくんです。

すると次第に音が聞こえなくなり、完全な無心状態になります。

――これは瞑想という意味合いもあるのでしょうか?

阿部 そうですね。私の場合、10分ぐらいで完全に無音になり、タイマーの時間を30分ぐらいまで伸ばすのですが、あっという間に時間が経っています。そして、心の中の嫌なものがなくなって幸せな気分になります。

道場の外に出ると、また元に戻ってしまうのですが、道場にいる間はいつ死んでもいいような、何も怖くない心持ちになれます。心が定まっていく過程という意味合いを込めて “素振り禅”と名付けました。

――先ほどから神の話が出てきていますが、道場の正面に神棚が祀られています。抜刀と神の関係について教えてください。

阿部 日本刀には神が宿っています。というのは、刀鍛冶が刀を作る時に、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)という神に、使用者の命を守るよう祈りながら作るのです。

それなのに、我々が神を軽んじていたら、刀鍛冶の気持ちも神の気持ちも踏みにじることになるじゃないですか。神棚を祀ってない道場って最近多いんですけど、そこでどんなに腕が良くても私からしたらただのコスプレ野郎ですね。

侍ではないし、刀を持つ資格がありません。私は神の存在を信じていますが、別に信じなくてもよくて、あくまで正義を守るためのシステムなんです。目に見えないものを敬わないということは、人の気持ちも敬えないということになるんですよね。

――日本刀は神と密接な関わりを持っているわけですね。さて、阿部さんは日頃どのような訓練をされているのでしょうか?

阿部 日頃は“素振り禅”や実際に斬ったりと、体力的・技術的な鍛錬ももちろんしますが、面倒くさいと思う心をなくすことに終始しています。いまだに「今日は早く帰りたいな」と思うことがあるんですよ。やはり最強の敵は弱い自分だと思います。

ここまで、非常に緻密な技術を追い求め、侍としての心を磨く、 “現代の侍”のどこまでもストイックな姿勢を垣間見ることができた。抜刀術、そして阿部一刀斎という人物を身近に感じることができたのではないだろうか? 

ところで、長年の夢だったという兜割りだが、現在阿部さんはその前段階である鉄パイプ割りに成功しており、兜割りの歴史に名を刻む続く日もそう遠くないと期待したい。第2回では、妖刀にまつわるエピソードが語られる!!

(取材・文=坂井学

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