出典 https://www.flickr.com

ミスター・ラグビーと呼ばれ、日本ラグビー界を牽引してきた平尾誠二さんの突然の訃報。ラグビーファンのみならず多くの人々がその早すぎる死に衝撃を覚え、悲しみに暮れました。

無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、平尾誠二さんへの追悼の思いを込めて、かつて月刊誌『致知』で彼が語ったあるエピソードを紹介しています。

追悼 平尾誠二さん

ラグビー元日本代表監督の平尾誠二さんが亡くなりました。追悼の思いを込めて、平尾さんにご登場いただいた2005年6月号の記事の一部をご紹介します。

活力を創る

とにかくラグビーに夢中になっていたので、高校に入る時も、自分がラグビーをする上で一番いい環境を求めて、山口良治先生のいる伏見工業に入ったんです。

当時の伏見は、まだ全国大会に一度も出ていませんでしたが、山口先生の名はかなり知られていました。

僕は、既に強くなっているところに入るよりも、これから伸びるところで自由にやらせてもらうほうが自分の性に合っていると考えて、伏見を選んだんです。

自分で決めて入ったわけですから、ラグビーに集中せざるを得ませんでしたが、正直言って1年の時は、練習がいやでいやで辞めようかと思っていました。

5月ぐらいになると、自信をなくして体調を崩してしまいました。先生に相談しに行ったら、よく話を聞いてくれて休ませてくれました。

おかげで、なんで自分はここへ来たのか、と原点に返って自分を見つめ直す時間を持てて、もう一度立ち向かおうという気になりました。立ち直るまでほんの2、3日でした。その間に、一気にパッと変わったんです。

それでたまたまいい具合に波に乗ることができて、チームも強くなり、2年で初めて全国大会でベスト8入りし、キャプテンを務めた3年で一気に日本一になったんです。

平尾誠二さんが生涯大切にした、師・山口監督の教え

山口監督の指導は厳しかったですね。当時の仲間たちのほとんどが殴られていると思いますよ(笑)。いまの時代は許されないけれども、当時はそんなこと当たり前でした。文句を言うやつもいませんでしたし、ある意味いい時代だったと思いますよ。

そんな中で印象に残っているのは、よく人間の力の話をしてくださっていたことです。非常にいい話で、いまでも僕は大切にしているんです。

僕らが3年の頃にはすごく強いチームになっていて、どことやっても勝っていました。前半で点差が40、50点開いたりするので、つい手を抜いたり、気を抜いたりするんですが、それでも余裕で勝ってしまう。

すると先生は、ハーフタイムの時にえらい怒るわけですよ。「なめてんのか!」と。そしてこんな話をよくされたんです。

人間の力は全部出し切らないと増えない。だから、余すことなく使わなければいけないのだと。

いま10ある力を全部出し切ったら、10.001ぐらいになる。次の試合でその10.001を全部出したら10.002というふうに力が増えていく。出し切らずに溜めたら逆に減ってしまうんだと。

そして最後の締めくくりに、「それがお金と違うところだ」と。

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