はじめに言っておきますが、僕は憲法9条擁護派でもなければ、憲法を改正することに断固反対する考えもありません。どうせ改正するなら、まともな憲法にしたいと、強く願う国民の一人です。

9条に関しては、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と書かれているのに、中学生の頭で考えたら「自衛隊があるやんけ、思いっきり戦力やん?」と頭を悩ませたものです。

その時先生はどう説明したか忘れましたが、中学生の僕には納得が行かなかった気がします。なのでちゃんと保有する戦力(自衛隊でも軍でも構わないが)について、スムースに理解できるような文面に書き改めてもらうのは、結構なことだと思います。

それにしても。それにしても、と僕は声を大にして指摘しておきたいのです。現在の自民党が提示している憲法改正草案は、読めば読むほど基本的人権を軽視した、危険極まりない、お粗末なものでした。

この草案は、民主党政権時代に、野党となっていた自民党が、こともあろうに極右団体の日本青年社に作らせたものです。まともな政治家や憲法学者が草案を作ったなら、ここまで酷くはならなかったでしょう。

このあたりの経緯は、坂井万利代さんが書かれた「自民党は何故、野党になったときカルト(愛国)化したのか?」に詳しく書かれています。

みなさんも是非とも時間を作って、自民党の憲法改正草案をざっと読んでみてください。以下の自民党のサイトに、新旧対照表の形でわかりやすく書かれています。

自民党の「日本国憲法改正草案(全文)」はこちらから!

再び中学時代の日本国憲法に関する授業の話に戻りますが、戦後の日本国憲法の三大原則とは、「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」だと教わりました。テストにも出ました。日本国憲法とは実に良い原則を持った憲法だと感動したものです。

これらの原則が大きく揺るがされようとしている、驚くべき草案が、極右団体日本青年社に作らせた自民党草案なのです。まず、戦後から今まで守ってきた象徴天皇の表現を書き換え、

天皇は、日本国の元首であり、

出典 https://jimin.ncss.nifty.com

と国における地位として「元首」という立場を与えています。象徴天皇というお立場だけで何の問題もなかったのに、これでは「国民主権」の意味が失われ、元首と臣民という関係が発生します。

「平和主義」については、「第1章 天皇」に続く「第二章 安全保障」と新設された章の中に、カッコ付きでわずかに4行述べられているだけです。元々はここは「第二章 戦争の放棄」という章でした。

すなわち「戦争の放棄」が格下げされ、代わりに「安全保障」が天皇に続く大事な概念として、格上げして述べられています。

国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、

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と、国防軍の役割を、海外派兵にまで広げています。第9条を改正するのには僕は賛成だと言いましたが、ここまで積極的に海外へ出て行くように、国防軍を憲法で定めるのは「平和主義」から離れて行くような気がします。

と、ここまで述べてきて言うのも何ですが、僕はこの二つはどうでもいいくらいに思っています。

これから述べる「基本的人権の尊重」を真っ向から否定する、国民の自由や権利を制限することのできるように書き換えられた条文の恐ろしさに比べたら、それほど反対する大きな理由にはならないからです。

僕が発見した恐ろしい条文とは、「第3章 国民の権利及び義務」の中に出てきます。人権を軽視する恐ろしい表現は、微妙な言い回しに出てきます。

国民に対して、現行憲法も自民党草案も、「生命、自由及び幸福追求の権利」については、基本的に侵してはならないと定めています。ところが、例外規定が全く異なるのです。

現行憲法では、

第十二条…常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。

第十三条…生命、自由及び幸福追求の権利については、公共の福祉に反しない限り、

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と、なっています。「公共の福祉」とは、「他のみなさんの幸せ」と言う意味であり、個人の自由や権利は、他の皆さんの幸せを害さない限り、尊重されると言う趣旨です。それはそうですよね。

いくら憲法で権利や自由が保障されているとはいえ、他人に迷惑をかけるような自由は、認められなくて当然です。ところが自民党の憲法改正草案では、「公共の福祉」という文言が、全て「公益と公の秩序」に置き換えられています

自民党草案では、

第十二条…常に公益及び公の秩序に反してはならない。

第十三条…生命、自由及び幸福追求の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、

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「公益」とは何なのか。代表的なものは「国益」です。「公の秩序」とは何なのか。簡単にいえば「公権力による秩序」すなわち警察権です。

つまり、国益に反するような生命、自由及び幸福追求の権利は認めませんよ。その時は警察官が取り締まりますよ。という意味になります。

国益とは何なのか。例えば国が戦争に巻き込まれたとしましょう。その時は戦争に勝つことが国益となり、国民は全身全霊で戦争に取り組むのが国益を守ることになります。

その時に戦争に協力しなかったり、それでなくとも戦争に役立たない表現活動をしたりする自由は、公益に反するとして厳しく制限されます。幸福追求の権利も制限されます。娯楽に興じていては逮捕されます。贅沢は敵だ、の世界です。

戦争が始まらなくても、国会前に集まって反戦デモを行おうとすれば、公の秩序を乱したとして、一斉に検挙されるでしょう。第二次世界大戦の前夜と同じ、表現の自由のない、ファシズムの世の中の再来です。

「公共の福祉」と「公益及び公の秩序」とは全く意味が違います。「公益及び公の秩序」は、第二十一条(表現の自由)にも書き加えられています。

第二十一条 集会及び結社言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。

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に続いて自民党案では、

第二十一条 2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。

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と、付け加えられています。すなわち国益に反する内容と認められたら、それを発言することも、本にして出版することも、反戦歌を歌うことも禁止されるのです。ボブディランがノーベル賞を取る時代に、何と時代錯誤な条文でしょうか。

表現の自由は、国益にそうものしか認められない。としたらマスコミも大本営発表をそのまま伝えなければならないので、その本来の機能を失うでしょう。ネットの書き込みでも検閲が行われ、反日、と認定されたら削除されてしまうでしょう。

だから僕は自由と基本的人権に関わる部分で、それを制限する文言として「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に置き換える案だけは、認めるわけにはいかないのです。これが自民党草案の最も注目すべきポイントだと思います。

他にも「緊急事態条項」が新たに書き加えられていることも、問題になっています。

緊急事態だと内閣総理大臣が判断したら、憲法や法律の全ての条項を無視して一時的に法治国家を停止し、首相の独断で法令を発したり執行したりすることのできる、戒厳令を引くことのできる条項です。

国が一つにまとまらず、内戦や内乱が度々起きる国では、事態収束のためにマーシャルローとして定められていることも多いようです。

しかし日本でそのような内戦が起きるとは考えられませんし、憲法停止条項をわざわざ入れる必要があるのかどうかも、議論のあるところです。「家族条項」についても、桝本さんの記事「自民党草案に見る家族概念の危険性」にあるような懸念があります。

こまかい点を挙げていけば、いくらでもあります。そもそも前文自体、現行憲法が「天賦人権論」と「恒久平和主義」を高々と歌い上げた人類賛歌であるのに比べると、自民党草案の前文はいかにも味気ない文学的にもお粗末なものです。

内容はただ、「日本は伝統ある良い国だから、それにふさわしい憲法を作ります」と言っているだけ。わざわざ宣言するような理念も哲学も感じられないお粗末なものです。

今の自民党草案で褒められるところは、旧仮名遣いを新仮名遣いに直したところくらい。あまりにもひどくてたたき台にもなりません。

本当に国会で議場に載せるなら、自民党はこの出来損ないの日本青年社作成の草案を引っ込めて、もうちょっとマシな草案を書き直した上で提出した方が得策でしょう。このままではとても国民の理解は得られません。

議会で強行採決しても、国民投票で過半数の賛成を得られるとは、ちょっと思えないのです。

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