記事提供:幻冬舎plus

ミリオンセラー『嫌われる勇気』をはじめ数々の著書を通じて、「アドラー心理学」を日本中に広めた岸見一郎さん。

実は、岸見さんがアドラー心理学と出会ったのは、子育ての悩みがきっかけでした。

当時お子さんの保育園の送り迎えをしていた岸見さんは、大人の思い通りに動かない“子ども”という存在に、戸惑い試行錯誤していたそうです。

そんな時、まだ日本語に翻訳されていなかったアドラーの著書を友人から借り、実行してみたところ、自身の子どもに対する考え方が大きく変化しました。

ウィーンに世界で初めての児童相談所をつくるなど、教育に強い関心を寄せていたアルフレッド・アドラー。

そのアドラーの哲学を凝縮、現代の子育ての悩みを踏まえた上で、どう「実践するか」を書いた一冊、『子どもをのばすアドラーの言葉 子育ての勇気』から、<叱らない、ほめない子育て>の極意を抜粋して紹介いたします。

勉強は真剣に、しかし深刻になる必要はありません

後悔しないで前に進もう。

応援してくれた人のためにメダルをとったわけではない。

メダルを取れなかったら、謝るのか

リオオリンピックでメダルを取った選手たちの凱旋パレードがありました。沿道に集まった人もメダリストも満面の笑みを浮かべ手を振っていました。何年にもわたる努力が報われたと思えたことでしょう。

しかし、もしも選手たちがメダルを取って凱旋パレードに参加することを目指して、練習に励み、頑張ったとしたらおかしいでしょう。

選手たちは親をはじめとして自分を応援し、支えてくれた人たちに感謝の言葉を語っていました。

誰も自分だけの力でオリンピックに出られた人はありませんから、長年自分を支えてくれた人に感謝の言葉を述べることは、受賞後の第一声として自然のことだと思います。

しかし、そのような人の「ために」メダルを取ったのかといえば、そうではないでしょう。メダリストは、結果としていい成績を残せたわけですが、自分を支え、応援してくれた人のためにメダルを取ったわけではありません。

反対に、もしも不本意な結果に終わり、メダルを取れなかったら、謝らないといけないのでしょうか。実際、これまでのオリンピックでもメダルを取れなかったので謝っていた人がいました。

しかし、選手たちは誰かのために競ったわけではなく、またアナウンサーが絶叫していたのですが、国家の威信をかけて競ったわけでもありません。

子どもたちが勉強するのも、親の期待を満たすためではありません。誰のためかといえば、基本は自分のためです。

いい結果を出せなければ、オリンピック選手も子どももそのことは自分に跳ね返ってきます。ですから、その場合は、すぐに「次」に向けてトレーニングをし、勉強をすればいいのであって、他の人の期待を裏切ったと考えて、落ち込んでいる暇はないのです。

親は子どもが間違った思い込みをすることがないように気をつけなければなりません。試験でいい成績を取って嬉しそうにしていれば「嬉しそうだね」と声をかけてもいいですが、ほめてはいけません。

結果がよくなかったら声をかけられなくなりますし、また次に頑張ればいいだけのことなのに、親の期待を裏切ったと思ったり、親が不用意に発する辱めの言葉に子どもが人格までおとしめられたと思い、落胆するかもしれないからです。

勉強には真剣に取り組む必要がありますが、深刻になる必要はないことを教えたいのです。

勉強は他の人の期待を満たすためではなく、基本は自分のためだと書きましたが、だからといって自己満足でいいというわけではありません。

勉強することは決して親の期待を満たしたり、将来、立身出世するためではなく、他の人に貢献するためのものであることを親自身がよく理解し、日頃からそのことを子どもに伝えてください。

子どもがこの点をよく理解できれば、勉強はただ苦しいものではなく、勉強するための強い動機づけを得ることができるでしょう。

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス