ありそうでなかったから声に出してみた「母子家庭の子供の主張」

近年、日本の離婚率は上がってきていると言われています。離婚に至った経緯はそれこそ様々で、それまでの苦労や葛藤もありますし、その後再婚された方もそうでない方もいらっしゃいます。

しかしながら、離婚率が上がっているということはつまり、片親となった子供の人口も増えているということ。離婚問題の中でどうしても置いてけぼりにされがちな子供の心。今回はそんな子供側の立場として、「母子家庭で育ったけれど幸せよー」な筆者の主張を記してみたいと思います。

幼い我が子と自分だけで生活することになったものの、どうしても不安が拭い去れない方への少しばかりの参考となれば。

主張1 親が笑顔であれば、子はあまり心配しない

これは母子家庭じゃなくても言えることですが、子供の一番安心できるところは家庭。母親だけだろうが、父親だけだろうが、ジィジバァバだけだろうが、自分が「ただいまー」と帰る場所に笑顔があるということは、なんとも言えない安心感を与えてくれます。

腹の底ではどんなに黒いことを考えていても構いません。そんなこと子供は知る由もありませんから。作り笑いでもアホみたいな変顔でもいいので、1日に一回は子供に笑顔を提供してください。

ちなみに筆者は異常なくらい小さい頃の記憶があるのですが(一番古いのは哺乳瓶使っていたネンネ時代)、シンプルな感情、そしてシンプルな景色(視野が狭いらしい)の中でも、母の笑顔はバッチリ記憶しています。赤ちゃん侮れませんよ。

主張2 親が自由にのびのびとしているだけで、子は幸せ

筆者の母が母子家庭となることを選択し、さらに身を寄せていた実家を離れて母と子(私)だけの生活を選択したのには、きっと辛い理由が沢山あったと思いますが、子供側から見る母の姿は自由を手にして実にのびのびとしている姿でした。

台所に立ちながら歌を歌い、玄関掃除をしながらCMのモノマネをしていたら宅配の人に聞かれてしまうなんてこともしばしば。銭湯に行った帰りにコンビニに立ち寄り「晩御飯は肉まんにしちゃおうか!」なんて言いながら2人でホカホカの温かい肉まんを抱えて歩いたことも多々ありました。

一汁三菜の栄養バランスの整った食事を作るもの大切ですが、子供側から言わせてもらえば、こんなふうに母が自由な時間を子供と一緒に楽しんでいる瞬間の方が、ずっとずっと幸せな思い出として残されています。

主張3 子供が「なぜ自分は片親なのか」と疑問を持った時は、ためらわずに教えてもらえる方がありがたい

子供というのは不思議なもので、親がはぐらかした事ほど悪いイメージを持ちます。全てを真正面から受け止める幼い子供ほどそうです。逆にどんな過去でも、誤魔化さずに話すとその内容がどんなものであれ、すっと素直に受け止められるもの。

筆者は幼稚園の時まで『父親』という言葉も存在も意識していませんでしたが、初めてその言葉の意味を習った時に母に「私のお父さんは?」と聞きました。

もちろん幼稚園児なので理解も不十分だったとは思いますが、その時なぜ自分が片親で、どういう理由でそうなったのかを母はしっかりと話してくれました。その経緯を聞きながら、幼心に(あ、これもう聞いてはいけない話題だ)と思ったことを覚えています(笑)

一方、私の友人の一人は小学生になってから親が離婚したケースでしたが、全ての持ち物の名字を一度消して、そして新しく書き直す作業がとても辛かったと言っておりました。やはり子供が大きくなってからの離婚は、子供側もそれなりの覚悟が必要となります。私のように、父親そのものの記憶が無いお気楽なパターンとは違うようです。

主張4 「幸せだねー!」の一言で全てオッケー!

片親のまま子育てをするということは、「自分一人でこの子は果たして大丈夫だろうか?」と不安を抱いたまま子供と向き合うことが多くなるのではないでしょうか。

しかし子供は結構タフです。その状況に置かれたら、そこで楽しみも幸せも見つける力を持っています。そこに花を添えてくれるのが、親の「今日も天気が良くて幸せだねー」とか「ワカメご飯美味しくて、幸せだねー」なんていう何気ない幸せのアピール!

そんな小さな幸せの積み重ねで、能天気な私が成長しました(笑)陰できっと沢山泣いて、沢山苦労したであろう母。もちろん愚痴だって沢山聞いたような気がします。でも、どんな母の辛い愚痴を聞いても、「幸せだねー」の一言があると全て上書きされるのです。

最後に、「逃げ場」を作ることも大切

ここまで母子家庭の子供目線の主張を続けてきましたが、最後に一つ。私が母からもらったありがたい居場所のことを記したいと思います。

片親の場合のみならず、どうしても子供が窮屈になってしまう時期がやってきます。それが思春期。ただでさえ悩み多し年頃、親に叱られても他に逃げる場所がない。文字通り唯一の親に叱られると、自分から謝る以外はその状況を終わらせてくれる手立てがありません。両親が揃っていれば、はたまた兄弟がいれば違うのでしょうが、それが無い物ねだりなことは十分承知しているのです。

そんな私の気持ちを察した母が勧めてくれたのが、ジュニアオーケストラでした。当時小学校の部活でもオーケストラ部に所属していた私は、ここで初めて家庭でもない、学校でもない団体に所属して、自分よりもずっとずっと年上のお姉さんお兄さんの中で音楽を学ぶ機会を得て、演奏という非常に健全な形で小さなストレスを発散できるようになりました。

この、家庭でも学校でもない場所がどんなに新鮮で面白かったことか。学校にはいないタイプの友達、自分よりもずっと歳上の先輩、そして音楽を通して自分を表現できる場所。学校生活ももちろん謳歌しておりましたが、それ以上に世界を広げてくれる素敵な場所でした。

私はここで、学校の友達には愚痴れないような不満を聞いてもらい、共感してもらい、そしてハッとさせられた気がします。この、家庭と学校以外に自分が打ち込める居場所。これは本当にかけがえのない空間でした。

私の場合は音楽でしたが、スポーツでも絵画でもボランティアでもなんでも良いと思います。我が子が「あ、なんだか窮屈そうだな。」と感じたら、是非とも学校以外の場所で自分の気持ちを表現できるチャンスを与えてあげてみてください。


以上、母子家庭で育った子供(が大人になってから)の主張でした。

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