記事提供:R25

うちむら・てるよし

1964年熊本県生まれ。85年、横浜放送映画専門学院の同期である南原清隆と、ウッチャンナンチャンを結成。翌年『お笑いスター誕生!!』の第7回オープントーナメントサバイバルシリーズ優勝。

『LIFE!~人生に捧げるコント~』(NHK)や『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系列)など、レギュラー多数。

ひたすら金メダルを追い続け、目標に向かって一心不乱にあっち行ったりこっち行ったりする秋田泉一の波乱の人生を描く映画『金メダル男』は10月22日(土)全国ロードショー。

大爆笑できる一方、男性ならば「この気持ち、なんとなくわかる」と共感も得られる一大娯楽作!

R25が2015年に20~30代男性会社員200人を対象に行った調査では、「小説を書いてほしい芸人」の第1位は、2位の博多大吉に大差を付けて内村光良だった。そして今年、待望の小説を発表。

「いやホントに恥ずかしいことで…。もう稚拙な文章ですみません」と謙遜するが、このたび自身の監督で映画化もされた。タイトルは、『金メダル男』。

「不思議な流れでここまで至りましたね。一人舞台の脚本として2011年にこれを書いて、映画化したらいいなと思って、『ボクたちの交換日記』(内村光良監督作品)のプロデューサーに思い切って渡してみたんです。

そうしたら一回保留になって。あはははは! でもなんかまた復活して。ああ、やった!って思いましたね」当初から映画化は考えていたらしい。小説にしたのは、舞台の脚本として執筆しているときに読売新聞から連載をと声を掛けられたことに端を発する。

一人舞台の脚本が小説になり、やがて映画に。とんとん拍子の筋道だ。

優しさの鬼が声を荒らげながら作った、渾身の一作

主人公の名は秋田泉一。東京オリンピックが開催された1964年に生まれる。徒競走で活躍するなど、子供のころから神童ともてはやされた結果、一等賞の魅力にとりつかれ、あっちこっちで金メダルを取るべく奔走。そんな男の苦難と栄光(?)の人生を描く。

そして本人自らが主演。少年時代の秋田を、Hey! Say! JUMPの知念侑李が演じる。「自分でやったのは、ほかの人が演じたら撮影が始まって嫉妬しちゃうだろうから。でも若いころは違う人でやっておこうと」

結果的にそれは絶妙なキャスティング。スクリーンで見ると、知念とウッチャンは非常によく似ていることがわかる。ちなみに秋田はウッチャンと同じ年の生まれという設定だ。自身を投影している部分も大きいらしい。

「一等賞をひたすら目指すのはオリジナルの部分ですが、剣道部の女の先輩にクラクラきちゃうところは僕の経験を踏まえています。上京して劇団和洋折衷に入るところも、当時僕が入っていた劇団シャララを思い出して。

だから自分の色がすごく出ている作品だと思います」数多くのレギュラー番組を抱え、バラエティ番組のMCとして現場をこなす傍らで、足かけ6年、執筆、舞台、監督制作に勤しんだ。それだけに思い入れの強い渾身の一作。

そういえば、過去に監督を手がけた映画『ピーナッツ』『ボクたちの交換日記』も、頑張る男が世間に揉まれ、埋もれ、あがくストーリーだ。

「結果そうなっていますよね。なんにも考えていないんですけど、転がり続けている男の話が得意なのかもしれないです。僕には女性目線の映画は撮れないし、ホラーも無理。結局こういった感じのテイストになっていくんだろうなって。

スッキリした気持ちで映画館を出てほしいじゃないですか」しかし、制作中には声を荒らげる局面もあったらしい。「プロデューサーと意見の対立をしたことはありましたし、このカットがいるいらないとか、揉めたこともありましたよ」

本作に登場する木村多江さんをして、「こんなに怖い内村さん見たことない」。『世界の果てまでイッテQ!』での映画宣伝VTRで、そんなことを言っていた。

「はははは! 言ってましたね。コミカルな部分は自分の本職だし、言い逃れできないじゃないですか。そのあたりは多江さんが関わるシーンが多くて、結構テイクを重ねて、ピリピリしていましたからね。ただ多江さん、随分盛ってると思いますよ! そんなじゃない。

あはははは!」

変わらないけど老いは感じる。でも、体を動かしたい

たぶんウッチャンの言うとおり、木村多江さんの冗談なのだろう。本当に物腰といい考え方といい、“優しさの鬼”という通り名も頷ける温和さを感じる。こころなしか取材現場も朗らかだったりするのだから。

「ははは! 優しくないです。自分優しくないっすよ。人見知りなんです。自分で人見知りの司会者だって言ってるんですけど、初めて人と会うと緊張するんですよね。トークバラエティでも、額のあたりがにじんできて、脇汗とかかいてますし。

ただ人を呼んで収録する以上は、トークで探って拾って、面白くしないといけないとは思いますから。それは番組の使命としてです」ちなみにその対極に位置するのは「『内村さまぁ~ず』です」と即答。

「だらっだらにローギアで楽しくやってます、あれは!」
。だが面白いものを自分で考え、自分で作るというコントや芝居へのスタンスは、実は昔から変わらないらしい。実は10年前、R25でインタビューを行った。

そのときに話していたのが、「ずっと同じことをやっている気がする」ということ。

「いやホントそうですね。ずっと同じことやってきたなー。今も『LIFE』(NHK)でコントやってるし。なんら進捗がないなと思っていますね。番組の形は変われど、20代くらいからほとんど変わらない。『小さいとき見ていました』

って言われることが最近増えて、おれ長いことやってるなーってホント最近思います」それは惰性でやっている“長いこと”ではなく、ずっと変わらず好きでやるという“長いこと”。子供のころから映画が好きで、それに伴う表現が好きで、笑わせることが好き。

それを生業としてずっとやってきた。なんだか、『金メダル男』の秋田泉一にも、やっぱり重なるのだ。「インタビュアー泣かせですよね、変わらないって。あははは。でも変化してることもあって、やっぱり老いですよ。

以前はアクションとかできたんですけど、50過ぎてガタが来て、今年初めて座骨神経痛になりました。肩がイカれたり足つったり…。僕の笑いはしゃべりより動いてなんぼだと思っているので、やっぱり体を動かしたい。

老いたら老いたなりの面白さがあるんですけど、老いを越えていきたいですね」

実は10年前、相方である南原清隆にこれまたR25でインタビューしたとき、「動けるじいさんになりたい」と締めくくっていた。やはりコンビで考え方は似通ってくるものなのかもしれない。

「いやでも南原の方が体に気を遣っていますよ。ありとあらゆる健康法を試していますから。30代のときかなあ。胃腸が悪くなって、チーズとバナナがいいと聞いたアイツが毎日食べてたら胃腸炎になっちゃった。ぼくは無頓着ですよ。

ただまあアイツもおれも、たぶん変わらないんでしょうね。この先もずっと好きなことをやってる…と思う。僕もこの一連の宣伝活動が終わったら、たぶんまたなんか書き始めるんだと思いますよ。それはもうね、ずっと変わらないんですよ」

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