記事提供:日刊サイゾー

アマゾンの密林で暮らす先住民カラマカテを先頭に、男たちは地上最強の幻覚剤ヤクルナを求めて旅に向かう。

口当たりのよいスナック菓子的な映画ばかりに接していると、簡単には咀嚼できない作品かもしれない。異なる時代に実在した2人の探検家の旅行記をベースに、コロンビアの新鋭シーロ・ゲーラ監督が撮った『彷徨える河』は非常にカルト色の強い作品だ。

例えるなら、日本屈指のカルト漫画家・諸星大二郎の『マッドメン』の世界観を、フランシス・F・コッポラ監督の『地獄の黙示録』(79)的なドラマツルギーで描いたらこうなったと言うべきか。

ジャングルという緑色の闇に魅了された男たちはカヌーに乗って、長い長い河を遡行していく。その旅の途中で、彼らは異なる文明の衝突、歪んだ形で広まる宗教、そして強力な幻覚作用をもたらす伝説の薬草と遭遇することになる。映画館にいながら異界の闇に触れたような、心のざわめきが止まらない。

舞台はアマゾン河が流れる南米の密林地帯。どこまでも広がるジャングルの奥地に、若き呪術師・カラマカテ(ニルビオ・トーレス)が孤独に暮らしている。そこへ重い病気を患ったドイツ人の民俗学者(ヤン・ベイヴート)が現われ、助けを求める。

白人を忌み嫌うカラマカテは治療を一度は拒否するが、民俗学者が口にした幻の薬草ヤクルナに興味を示す。このヤクルナが手に入れば、南米ではポピュラーなアヤスカワやコカの葉よりも強力な幻覚剤を調合することができ、どんな病にも効くとされていた。

地上最強の幻覚剤を求めて、男たちはカヌーでの旅へと向かう。序盤のストーリーは極めてシンプルである。

ところが、ジャングルは不思議な空間だ。緑色の闇の中に迷い込むと、方向感覚だけでなく、時間の概念さえも溶解していく。

若いカラマカテがドイツ人民俗学者と共にヤクルナを探す旅に出た直後、年老いたカラマカテ(アントニオ・ボリバル・サルバドール)が現われる。

ドイツ人民俗学者との旅からすでに数十年が経過したらしく、孤独に生きてきたカラマカテは記憶も感情も失った空っぽの存在“チュジャチャキ”となっていた。

そこへ今度はアメリカから植物学者(ブリオン・デイビス)が訪ね、やはりヤクルナを探しているという。かつてヤクルナを探す旅に出たはずのカラマカテだったが、ヤクルナがどんなものだったのか思い出せない。

再び白人とカヌー旅に出れば、空っぽになった記憶が戻るかもしれない。若き日のカラマカテ、年老いたカラマカテという時代の異なる2つの冒険が同時に進んでいく。このパラレルな関係にある2つの旅が、やがてお互いに影響を与え合うことになる。

呪術師であるカラマカテは幻覚剤を病人の鼻孔に吹き込むことで、だいたいの病気は治してしまう。

呪術師であるカラマカテは、ジャングルにおけるタブーに厳しい。また、様々な薬草を調合して幻覚剤を作り出し、寝たきり状態の病人を元気にすることができる。

幻覚剤の力で弱っている病人の魂を活性化させ、病魔を追い払うというのがジャングルでの伝統的な医療法だ。

自然を崇拝し、伝統を重んじる一方、白人のことをひどく憎んでいるカラマカテ。白人がジャングルに眠る豊かな資源を求めて押し寄せてきたために、先住民にとって未知なる病原菌がバラまかれ、多くの集落が死滅してしまった。

白人を追い返そうとした一族は次々と虐殺された。イーライ・ロス監督のモンド映画『グリーン・インフェルノ』(13)では先住民が恐ろしい食人族として描かれたが、先住民からしてみれば、文明人のほうが災いを招く悪魔であり、侵略者なのだ。

カラマカテの話す言葉は先住民独特のもので、宗教観や自然観がまるで異なるため、その意味を理解することは容易ではない。中でもカラマカテが度々口にする“チュジャチャキ”という言葉が印象深い。

民俗学者がカラマカテを撮った写真を見せると「これは俺のチュジャシャキか?」と尋ねる。どうやら外見は自分そっくりだが、中身が空っぽな存在のことをチュジャチャキと呼ぶらしい。

カラマカテによれば、誰にでも自分そっくりなチュジャチャキがいて、この世界をさまよっているとのこと。そういうカラマカテも、数十年後には先祖の教えや自分の生い立ちをすっかり忘れたチュジャチャキ状態となってしまう。

聖なる薬草ヤクルナを求めてジャングルへやって来た民俗学者たちも、西洋社会に馴染めず、魂が抜け出しかかっている半分チュジャチャキみたいなものだろう。

ヤクルナが手に入れば、チュジャチャキではない完全なる人間となることができるのだろうか。この映画を観ている我々もチュジャチャキではないのかという不安を感じながら、彼らと共にさらなるジャングルの奥地へと旅を続けることになる。

カラマカテの2度目の旅。米国から来た植物学者の見た夢を手掛かりに、再度ヤクルナを探す旅に出る。

コッポラ監督は『地獄の黙示録』でアジアのジャングルへ、ドイツのヴェルナー・ヘルツォーク監督は『アギーレ 神の怒り』(72)と『フィツカラルド』(82)で南米のジャングルへ、そして宮崎駿監督は『もののけ姫』(97)で縄文時代から続く原生林へ、それぞれ主人公の姿を借りて哲学的思索の旅に向かった。

巨匠監督たちは結局のところ、大自然と文明との融和を果たすことなく旅を終えることとなった。

1981年生まれのコロンビア人であるシーロ・ゲーラ監督の『彷徨える河』が、名作とされる巨匠監督たちのそれらの作品と異なる点は、カラマカテたちは幻覚剤の力を使って大自然との同化を試みているということだろう。

人間も動物であり、本来は大自然の一部であったはず。だが、社会を築くことで、人間は自然との繋がりを意識的に遮断している。

『彷徨える河』の主人公たちは伝説の幻覚剤ヤクルナがもたらす神秘的な力によって、人間がまだ文明を持たずに森の中で暮らしていた頃の原始の記憶を呼び戻し、大自然との一体化を図る。

本作のクライマックス、カラマカテたちと一緒に密林を旅していたはずの我々の意識は、SF映画の金字塔『2001年宇宙の旅』(68)、もしくは『アルタードステーツ 未知への挑戦』(79)のようなインナーワールドへトリップすることになる。カルト映画好きな人は、ぜひとも映画館の闇の中でこの奇妙な体験を味わってほしい。

『彷徨える河』

監督/シーロ・ゲーラ 脚本/シーロ・ゲーラ、クリスティーナ・ガジェゴ 撮影監督/ダヴィ・ガジェゴ
出演/ヤン・ベイヴート、ブリオン・デイビス、アントニオ・ボリバル・サルバドール、ニルビオ・トーレス、ヤウエンク・ミゲ
配給/トレノバ、ディレクターズ・ユニブ 10月29日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
(c)Ciudad Lunar Producciones
http://samayoerukawa.com/

パンドラ映画館電子書籍発売中!日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』が電子書籍になりました。詳細はこちらから!

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス