お腹の妹を守るため、誕生日に 断乳してくれたお兄ちゃん

ひどい吐き気は風邪だろう。と内科を受診しようとしました。しかし、まさかと検査してみたところ…予想外だった年子になる第二子の妊娠(とつわりのスタート)がわかりました。

産婦人科への初受診は、くしくも長男の1歳の誕生日でした。すると検尿の際に出血していることに気づき、そのことを申告すると看護師さんの顔色が変わっていくのがわかりました。

診察に呼ばれるとすでに出血のことは先生に知られており、赤ちゃんが危ないことを説明されました。

「授乳してるの?だめだめ、すぐやめて」頭の中は、おっぱい大好きボーイのことでいっぱいです。「先生、昼間は大丈夫なんですが夜だけは無理かもしれません…。」

当時、息子はしっかりご飯も食べており、日中や寝かしつけの際はおっぱいを飲んでいませんでした。しかし、夜中に起きた際はおっぱいがなければ絶対に再入眠してくれませんでした。

「じゃあお腹の赤ん坊は死んでもいいの?」先生の言葉に何も返せず、診察室をあとにしました。

その日、旦那は出張のため、私は息子と実家に泊まることになっていました。受診から帰ると息子はばぁばの手作りケーキで楽しそうに誕生日を祝ってもらっていました。しかし、私は夜が怖くてしっかり祝ってやることができませんでした。

案の定、寝かしつけて3時間ほどすると息子はいつもどおり泣き始めました。しかし、今日はおっぱいを与えるわけにはいきません。

泣いて、泣いて、泣き叫ぶ息子。ずっと抱っこをしながら歌を歌って、ひたすら部屋の中を歩き回るしかありませんでした。どんなに泣いても、おっぱいが出てこない。息子は初めて聞く、金切り声のような声を上げて泣き始めました。

その声を聞きながら、なんで今、妊娠してしまったんだろう。もっと年の差をつけてあげればよかった。母を独り占めさせてあげたかったのに。好きなだけおっぱいを飲ませてあげたかったのに。

息子は泣きすぎで、ひどくむせてしまい苦しそうでした。涙と汗でベタベタの顔は真っ赤で、手はぎゅっと私の胸元をつかんでいます。その姿を見ると私も涙がとまりませんでした。

息子のこんな姿はもう見たくない。泣き声を聞きたくない。こんなに息子を泣かせてまで赤ちゃんを守らなければいけないの?とうとうそんなことまで思ってしまいました。もうおっぱいをあげてしまおう。

そう思った頃、ばぁばが様子を見に来ました。「そうね、おっぱい飲みたいね。がんばろうね」ばぁばは泣きじゃくる息子に話しかけていました。

そして私に、「いま、おっぱいをあげたらだめ。ここまで頑張ったんだから。しっかり抱きしめてやりなさい」それから私は泣きながら、ぎゅっと息子を抱きしめて部屋の中をまた歩き回りました。

息子もがんばっているし、赤ちゃんもお腹の中でがんばっている。私が頑張らないでどうするんだ…。もう2人のお母さんなんだから。

それから2時間すると、ようやく息子は泣き疲れたようで眠ってくれました。いつもと同じ、ずっと眺めていられるほどかわいい寝顔が、その時は少しお兄ちゃんなったように感じました。

もう一度朝方に目が覚めた息子は泣きましたが、一回目の泣き方に比べると弱く、1時間ほどで寝てくれました。

息子は次の夜は一度泣きましたが、すぐに泣き止んで眠り、その次の夜には朝まで眠るようになりました。おっぱいにも二度と口をつけようとしなくなりました。

お兄ちゃん、こんなに頑張ってくれたんだから、あんたもがんばるんだよ。お腹を撫でながら何度も何度も話しかけました。赤ちゃんは頑張ってくれました。出血は止まり、次の受診でもう大丈夫と言って頂きました。

大きな試練を乗り越えてくれたお兄ちゃんはもちろん、くじけてしまいそうだった時に支えてくれたばぁばと心配で眠れぬ夜を過ごしていたじぃじ、ずっとメールで応援してくれていた夫。

お腹の赤ちゃんはみんなに守られ、その後はなんのトラブルもなく無事に元気な女の子が生まれました。息子と泣きながら頑張ったあの夜は、今思い出しても涙が出るくらい辛く大変な思い出です。

しかしあの頑張りがあったからこそ、娘は生き抜くことができたんだと思っています。息子の2歳の誕生日は1歳の時に祝ってあげられなかった分、母の気がすむまで祝いました♪

隣にいる妹を時折なでてやる息子は立派なお兄ちゃんで、そんな姿にまた少し涙が出ました。

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