記事提供:幻冬舎plus

ミリオンセラー『嫌われる勇気』をはじめ数々の著書を通じて、「アドラー心理学」を日本中に広めた岸見一郎さん。実は、岸見さんがアドラー心理学と出会ったのは、子育ての悩みがきっかけでした。

当時2人のお子さんの保育園の送り迎えをしていた岸見さんは、大人の思い通りに動かない“子ども”という存在に、戸惑い試行錯誤していたそうです。そんな時、まだ日本語に翻訳されていなかったアドラーの著書を友人から借り、実行してみたところ、自身の子どもに対する考え方が大きく変化しました。

ウィーンに世界で初めての児童相談所をつくるなど、教育に強い関心を寄せていたアルフレッド・アドラー。そのアドラーの哲学を凝縮、現代の子育ての悩みを踏まえた上で、どう「実践するか」を書いた一冊、『子どもをのばすアドラーの言葉 子育ての勇気』から、<叱らない、ほめない子育て>の極意を抜粋して紹介いたします。

家族の一員として協力することが大切

勉強以外のことはしない人間では……。

「勉強さえしてればいい」というと、子どもは勉強しなくなるかも?

受験生だからといって家族の中で特別視しない

受験生も家族の一員であることは間違いありません。ですから、受験生という特権を与えられ、ただ勉強だけしていればいい、と子どもが思い、親もそれを認めているというのであれば、そのことによって問題が起こりうるということもあらかじめ知っておいてもいいかもしれません。

もしも勉強しかしない子どもがいるとすれば(実際には受験を控えて勉強しなければいけないのに、親が思うほど子どもが勉強しないことの方が問題かもしれませんが)、それは仕事中毒の大人や、恋愛のことばかりがいつも頭を占めている若い人が、それ以外の他のことにはまったく関心がないのと同じです。

仕事ばかりしている人は、仕事が忙しいので家に帰ってまで家のことをするエネルギーも時間もないというかもしれませんが、本当のところはそうではありません。むしろ、仕事以外のことをしたくないので、仕事が忙しいことを理由として持ち出すのです。

子どもたちも、もしも親が勉強さえしていればいいというようなことをいうと、勉強しなければいけないから、勉強以外のことは何もできないというようになるかもしれません。その上、実際には肝心の勉強もできていないということもありえます。

これは困ったことではないでしょうか?家族の一員として協力できる子どもになることが先決である、と私は考えています。

いや、今は勉強さえしていればいいのだ、と親が思い、子どもに協力することを教えず、他の人に貢献する機会を与えなければ、たとえ受験に成功しても、それから先の人生において子どもを待ち受けているであろう様々な──しかもおそらくは受験以上に難しい──課題を前にした時に、たちまち、子どもは勇気を挫かれることになってしまいます。

人生における課題は、協力することによってのみ解決できるからです。私はもちろん、勉強しないでいいといっているのではありません。

むしろ、家庭で受験生だからといって、特別視されるのではなく、親や他のきょうだいと良好な関係を持ち、家庭内で家族の一員として協力できるようになって初めて、勉強も進捗する、といいたいのです。

なぜなら、協力することで、自分が他の人に役立てると思えた子どもだけが、自分のことを好きになり、勉強も含め、自分の課題を解決できる自信を持てるようになるからです。

しかし、もしも自信を持てなければ、子どもが直面する受験にも最初から挑戦しようとしなくなるかもしれません。

そのようなことがないように、親としては何としても子どもが自信を育む援助をしたいところですが、そのためには叱咤激励すればいいというような簡単な話ではありません。

不用意な親の言葉が、子どもの自信と勇気を容易に挫いてしまうのです。そうならないために、具体的に子どもにどんなふうに声をかけていけばいいかを学ぶ必要があります。それを学ぶことは、子どもに勉強できる環境を整えることと同じくらい、あるいは、それ以上に大切なことといえます。

今の年齢の子どもは親の援助が必要です。しかし、その援助が有効であるためには、子どもが親の援助を拒むようなことにならないことが必要であり、そのためには子どもとよい関係を築かなければなりません。

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