「あをによし 奈良の都は咲く花の 匂ふがごとく 今盛りなり」。奈良時代の都、平城京の美しさと繁栄を歌った、万葉集の中の有名な和歌ですが、あなたはこの「あをによし」という枕詞の意味をご存知でしょうか?

メルマガ『8人ばなし』の著者・山崎勝義さんは、その意外な意味を説明するとともに、奈良時代に遷都が繰り返されたこととの知られざる因果関係を明かしてくれています。

あをによし 奈良の都のこと

「あをによし」と来れば「奈良の都」である。この奈良平城京への遷都(710)から平安京遷都(794)までの84年間が奈良時代である。奈良時代と言えば政変と仏教の時代であった。まず、その政変を挙げると、

長屋王の変(729)
藤原四子の病死(737)
藤原広嗣の乱(740)
橘諸兄の失脚(756)
橘奈良麻呂の変(757)
恵美押勝(藤原仲麻呂)の変(764)
宇佐八幡宮神託事件(769)

という具合に上代日本史の有名事件ばかりが並ぶ。こういった政変や疫病を逃れるために、繰り返し遷都が行われたのもこの時代の特徴である。

平城京(710)
山背恭仁京(740)
難波宮(744)
近江紫香楽宮(744)
平城京(745)
長岡京(784)
平安京(794)

平城京に始まり、結局は平城京に戻ることになるこの一連の遷都を行ったのは、この時代を代表する天皇、聖武天皇(在位724-749)である。この天皇の周囲に起こった不幸と、彼が望んだ仏教による鎮護国家というものを、奈良の都という地理的条件の下に結び付けて考えると興味深い推論が立つ。

最初に述べたように、奈良時代はまた仏教の時代であった。平城京遷都に伴い旧都より、興福寺、薬師寺、元興寺、大安寺などの大寺院がまず移転して来た。さらに聖武天皇・光明皇后期に東大寺、法華寺、新薬師寺と続けざまに建立され、後には唐招提寺や西大寺が建立された。

いずれの寺も創建当初は巨大伽藍であった。平城京の規模が大体4.5キロメートル四方だから、それを考えれば巨大寺院の都と言っても過言ではない。

勿論、このような都市と寺院の規模のバランスについては飛鳥の諸宮や平安京においても、或いは同じようなことが言えるのかもしれない。しかし、決定的に違うのは水利環境である。飛鳥京は飛鳥川、平安京は鴨川、桂川の水利があった。

平城京に流れる佐保川も飛鳥京に流れる飛鳥川も、河川の規模としては小川程度のものだが、この二つの都には圧倒的な水利技術の違いがあった。近年の発掘事業により飛鳥京が水の都であったという事実が分かってきたのである。

さらに驚くべきことに、そこには河川だけでなく地下水脈をも取り込んだ壮大な水利施設があったようなのである。一方、平城京のような水利が悪い所においての大伽藍建立ラッシュは致命的な健康被害をもたらす

「あをによし」の言葉からも見える、平城京に蔓延していた水銀中毒

ここで「あをによし」である。「青(あを)」は寺院建築などにおいて連子窓等を彩る緑青を、「丹(に)」は柱梁を朱色に染める鉛丹や本朱を指す。緑青は酸化銅であり弱毒性がある(因みに一昔前までは猛毒とされてきたが、科学的根拠はない)。

鉛丹は酸化鉛であり鉛中毒の原因となる。本朱は硫化水銀であり水銀の強い毒性は知られる通りである。これだけでも健康を害するには十分だが、仏像における金銅像の制作過程には極め付けの作業がある。鍍金(めっき)である。

当時のめっきの方法は実に乱暴であった。まず、熱した水銀に金を溶かし込んで銅像にかける。それを火であぶって水銀だけを蒸発させ金を定着させる。水銀は高温で気化した時が最も毒性が高い

それが水利の悪い狭い盆地で行われていたとすれば健康に対する被害は計り知れない。この時代の伝染病蔓延の原因には、人口増加に伴う都への人口集中とともに、重金属中毒に伴う免疫力の低下を挙げることができるのではないだろうか。

さらに重金属中毒は重度の神経・精神症状を招くから、不可解な事件や凶暴な事件が起こっても不思議ではない。中でも特に、水銀中毒はそれ自体が死亡原因となり得る重大疾患である。体の小さい乳幼児にとっては尚更である。

とすれば、不思議なことだが、聖武天皇が平城京を離れ、都を転々と遷したのは公衆衛生の観点から言えば正しかったということになる。しかし同様の観点から、国家の安寧と民衆の平安を願って一念発起した大仏造立は大間違いだったと言わざるを得ないのである。

一応断っておくが、奈良の大仏は金銅像である。「青丹よし 奈良の都」は美しかったに違いない。しかし盛りは短かった。現代に伝えられる天平仏の数々が、今猶我々の心を打つのは、その美に信仰と狂気の危うい線を見るからかもしれない

それは、祈りであり同時に叫びでもあるからだ。後に平安京遷都に当たり、桓武天皇が奈良の大寺院の移転を固く禁じたのは、その歴史的背景が物語ること以外の意味においても或いは英断だったのかもしれない

image by: Shutterstock

著者/山崎勝義

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