記事提供:ORICON STYLE

競争激化のお笑い界で今、ジワジワと注目度を高めている新人がいる。その名は、お笑いコンビ・ANZEN漫才。

幼なじみのあらぽんとみやぞんからなる東京・足立区出身の2人組で、中でもボケ担当のみやぞんは、規格外の“天然キャラ”で伊集院光や南海キャンディーズの山里亮太が「おもしろ脳」、「とんでもなく面白い」などと絶賛する逸材。

ここ最近、『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)や『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)などの人気バラエティ番組で確かな爪あとを残している。

そこでORICON STYLEでは、徐々に頭角を現す2人にインタビューを敢行。その歩みをさかのぼると“想定外”の独自性が見えてきた。

憧れのとんねるずと共演、石橋貴明には収録後もイジってもらえた

――ここ最近、人気バラエティに出演し注目を集めていますが、手応えや身の周りの変化などはありますか?

あらぽん 
みやぞんは、すごく変わったんじゃない?

みやぞん 
うん、そうかも~!地元でも声を掛けてもられるようになったし。

――『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)内のコーナー「お笑いイミグレーション」に出演された際は、ネットなどを中心に「久しぶりに大笑いした」「絶対売れると思う」などの声が上がっていました。

あらぽん 本当にうれしいね。

みやぞん 
昔、出身地の東京・足立区に「東京マリン」というレジャープールがありまして、夏になるとよくとんねるずさんが番組のロケで来ていたんです。

プールの近くまで行って「見えるかな?」とかやったりして、お2人のことは昔から大好きだったので、出演させてもらった時はフワフワ足が浮いていました。

あらぽん 不思議な感覚だったよね。目の前で行われていることすべてが、テレビの中のことのようで…。そういえば収録が終わった後、貴明さんがわざわざみやぞんに話しかけに来てくれたんだよね。

みやぞん 
そうなんです。「キャラがいい」って!

あらぽん 
その時の放送では、みやぞんが「え?分かんない」を連発していたんですけど、それをすごく楽しんでくれていたみたいで、「お前、本当に何も分かんないのかよ?」って裏でもイジってくださっていて。

みやぞん 
「遠投はどれくらいできるの?」とか、一緒に野球の話もさせてもらいました。僕は90メートルくらいなんですけど、貴明さんは「俺は昔100メートルくらい飛ばしてたぜ!」って。

――オンエアでは、みやぞんさんが付けていた腕時計のガラス部分が外れるという、出川哲朗さん級の奇跡も起こっていましたね(笑)

あらぽん 
ありましたね(笑)。実は収録中はもっといろんなハプニングがあったんですよ(笑)

――みやぞんさんのことは、伊集院光さんも結構前から自身のラジオ『深夜の馬鹿力』(TBSラジオ)で“おもしろ脳”などと紹介していたり、南海キャンディーズの山里亮太さんがSNSで「とんでもなく面白い」と絶賛していらっしゃったりしていました。

あらぽん それにも感謝しかないです。

みやぞん 
本当に恩を感じています。

――ネットなどには、「スタッフさんが扱いに困りそうなキャラ」という指摘もありました(笑)。実際のところどうですか?

みやぞん 
分かんない…。でも確かに、ちょっと困ってたかもしんない(笑)

あらぽん 
打ち合わせは、基本的に僕が担当しています。みやぞんには何も考えさせないで本番に放り込んだ方が、あの(天然の)感じが出るなと思っていて。僕は彼の持ち味を消したくないんですよね。

結成当時はスーツ姿で“正統派”漫才を披露していた

――お互いをよく理解しているんですね。さすが幼なじみ!

あらぽん 
そう、なんだかんだ1、2歳のころからずっと一緒なんですよね。

みやぞん 
保育園、小学、中学と同じ学校なんだよね。…あの、アレ聞きたいですよね? どっちが「コンビ組もう」って言い始めたのか?とか。

あらぽん 
え?それ、自分から聞く?(笑)

――(笑)ぜひ、お聞かせください!

みやぞん 
(ドヤ顔で)あらぽんからです!

あらぽん 
中3の卒業文集で、将来の夢を書くところに僕が「みやぞんとお笑いコンビを組む」と書いたんです。その時、みやぞんは何を書こうか迷っていたので、「俺とお笑いを組むって書け!」と(笑)。そこがコンビとしての始まりなのかな?

――ドラマティックですね。高校は別の学校だったそうですがその頃、芸人的な活動は何かしていたんですか?

あらぽん 
高校時代は、好きなことをやって遊びまくりました(笑)。みやぞんは、劇団やバンド。僕は友人のラッパーたちと遊んで(笑)。芸人として初めて舞台に立ったのは、高校卒業後の18歳。

みやぞんのお姉ちゃんがバンド活動をしていたので、その前説をやらせてもらったんです。僕が30分ぐらいの漫才ネタを作って、バンドの音合せの最中に漫才を披露するっていうスタイルで、この生活を4年間ほど続けました。

――その頃、みやぞんさんのギターは?

みやぞん 
私生活では弾いていましたが、ネタの時はまだ持っていませんでした。

あらぽん 
ギターを始めたのは、高校の時に複雑骨折をしたのがきっかけだったんだよね。

みやぞん そう、何もないところで転んで(笑)。暇だったから「ギターを始めてみようかな」って。

――当時は、いわゆる正統派の漫才をやっていたんですか?

あらぽん 
そうです。シュッとしたスーツを着て、髪型もキメて。

みやぞん 
あらぽんの作る漫才は構成が複雑で。ミルフィーユのように緻密に畳み掛けていくトークで、秒刻みのテンポで演じていました。

あらぽん 
練習はよく荒川の土手でやっていました。でも、僕たちが漫才をやっていると喧嘩しているように見えるらしく、お巡りさんが見廻りに来て職務質問をされたこともあります(笑)。

身分を明かした後、ネタを見てもらったんですけど、その時ちょうど練習していたネタのタイトルは「痴漢」でした(笑)

【動画インタビュー】みやぞん、あらぽんの座右の銘は?

出典 YouTube

事務所に入るきっかけとなった恩人・ウド鈴木の存在

――浅井企画に入ったのは何かきっかけがあったんですか?

あらぽん 
実はみやぞんのお姉ちゃんは「YANKEE STADIUM 20XX」という劇団にも入っていて、この頃の僕たちは、劇団の座長さんの勧めでドラマなどのオーディションも受けていて、その中には山下智久さん主演の『プロポーズ大作戦』(2007年)もありました。実は僕たち、月9デビューしてるんです (笑)

みやぞん 
そうそう、山下さんと共演しているんです(笑)

あらぽん 実はその劇団に、キャイ~ンのウド鈴木さんもいらっしゃって。

みやぞん 
僕の姉がウドさんに「弟が漫才をやっているんですよ」と言ったら、「この世界って何があるか分からないから、希望を持って頑張ってね!って伝えておいて」と面識もないのにエールをくださって、それをあらぽんにも伝えました。

それから、劇団を見に行くたびにウドさんとお会いするようになって。

あらぽん 初めて劇団を観に行った時、面識がないので失礼かなと思って、僕だけ楽屋あいさつを遠慮したんです。今考えたらそれも失礼なんですけど。そこでみやぞんが、「今日は相方も来ていて」とウドさんに話したら、「それじゃあ、相方にもあいさつしなきゃ!」とウドさんが僕のことをわざわざ探し回ってくださって…。

売れっ子なのに、僕らみたいな名の知れない者にもすごく低姿勢で…それ以来、ウドさんを尊敬していて、「僕らもいつまでもウドさんのように謙虚にいようね」って。そんな出会いもあって、浅井企画を受けた感じですね。

――素敵な出会いですね。みやぞんさんって、ちょっとウド鈴木さんに芸風が似ているかな?って思うことがあるんですけど、影響を受けた部分はあるんですか?

みやぞん 
ウドさんに似てるって、うちのお姉ちゃんにも言われるんですけど(笑)、意識してっていう感じはないですね。

あらぽん 
みやぞんは、素がこんな感じなんです。むしろ昔は、島田紳助さんみたいな司会者に憧れていたところがあったので、「あ、天然な部分を隠してるな」っていう時期もありました(笑)

――ちなみに、いつ頃から今のような音楽ネタのスタイルに?

あらぽん 
5年ぐらい前かな? 僕たち毎週1回、浅井企画でネタ見せをしていたんですが、1年ぐらい続けていると毎週ネタを作るのが辛くなって。その時に、事務所の先輩のどぶろっくさんが控えの部屋にギターを置いていたんです。

それを見て、「ちょうどいいよ。もう漫才を作るのは無理だからもう俺たち歌おう!」となりました。なので、どぶろっくはさんは“師匠”という存在なんですが、飲みに行ったりと仲良くさせてもらっています。

――ANZEN漫才という名前を使い始めたのもその頃?

あらぽん いえ。それは8年ぐらい前。ANZEN漫才の前に僕ら一度解散しているんです。その前はMIXって名前で活動していました。X-GUN(バツグン)さんのような感じで…。

みやぞん 
2人で「ミ~ックス!」って(笑)

あらぽん 
その後、再結成してANZEN漫才と名付けました。

みやぞん 名前の由来は、モザイクがかかるような“危険”なネタは止めようねってことで付けたんですけど、最近僕、『タモリ倶楽部』さんとかで結構モザイクがかかってしまったりしていて…(笑)。

その頃、全然売れてなかったんですけど、あらぽんはグリコさんのチョコレート『LIBERA』のCM(「カレシは、リキシ。」篇)に出演するなど、割と俳優としての仕事が多くあって。その稼ぎで僕も暮らすことが出来ました。

あらぽん 
僕たち、ギャラは歩合じゃなくて折半なんです。

みやぞん 
苦しい時、あらぽんにお世話になったから、今、たまたま番組出演が多くなっている僕が恩返ししなくちゃって思ってます。

友人宅に1ヶ月も居候した!? “天然”みやぞん笑撃の武勇伝

――現在、みやぞんさんの天然キャラが大ウケですが、昔からこんなキャラクターだったんですか?

あらぽん 
やんちゃで、いつもやり過ぎて怒られるタイプでした。

みやぞん 
いつも迷惑かけちゃってたよね。

あらぽん 
例えば、よく友だちの母親が「いつでも家に泊まっていって良いよ」って言うじゃないですか、社交辞令で。でも、みやぞんはそれを真に受けて1ヶ月居座って、最終的にはその親子さんにブチ切れられてました(笑)

みやぞん 
犬の面倒を見ていたり、車の掃除をしてあげたりもしてたんだけどね。

あらぽん 
その同級生が家に帰ってくると、みやぞんがご飯食べていたりするんだもん(笑)

みやぞん 
家族みたいになって違和感もなくなってきて、実は僕もヤバイなって思ってたの。

あらぽん 
気付いてたんだ(笑)。僕の引っ越しの時もそうだよね。荷物を運んでくれるんですけど、そのスピードがやたらと早い。で「まさか」と思ったら、やっぱり土足で(笑)

――本当に天然なんですね(笑)

あらぽん 
そうなんです。しかも天然すぎてダマされやすい。例えば学生時代、みやぞんは格闘技をやっていたので勝手に強いと思われて。学校の裏番長にされたこともありました(笑)

みやぞん 
実際は喧嘩もしたことないんですけどね(笑)

あらぽん 
いつも「そうなの? そうかもしんない!」って簡単に転がされちゃうんです。当時の不良はヒップホップのような格好がはやっていたんですが、みやぞんはジャージのズボンをハイウエストで履いていて。

それを見た不良たちがなぜか「あいつ、スキがねえ…」って(笑)。ハイウエストで裏番長になった男です。

みやぞん 
ダラしない格好より、ビシッとした格好が好きなだけなんですけどね(笑)

――みやぞんさんの“天才肌“な部分も話題になり始めています。

あらぽん 
全部感覚なんです。ギターやピアノにしても、コードや音楽理論も知らないまま、聴いただけで再現していたんです。小学生時代は野球をやっていて、テニスは中学から始めたんですが、中学時代にテニスで足立区2位になったりもしてますからね。

みやぞん 
テニスでの高校の推薦入学がある理由でダメになり、それでもテニスの練習をしていたら、ある日、野球部のボールが転がってきたんです。

それを思い切り投げ返すと、それを見た高校の野球部の先生が僕をスカウト。勉強もせず入学ができました。僕は99%運で生きてます!

あらぽん 
昔から何かと奇跡を起こすタイプだったよね。

――今後、芸人としてどこまで登って行きたいですか?

みやぞん 
七合目ぐらいには行きたいですね。まずは、明石家さんまさんやとんねるずさん、ダウンタウンさんなど、トップの方の下で使ってもらって立ち回れたら。

あらぽん 
身近なところで言うと、僕はずっと見ていた番組に出てみたいですね。例えば『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)とか。

――最後にメッセージを!

みやぞん 
僕らはこれからも笑顔で楽しく生きていきます。SNSなどに書き込んでいただけたら、可能な範囲でお返しします。みなさんには本当に感謝です!

あらぽん 
ANZEN漫才は、僕の中ではまだ“完全体”ではありません。でも近いうちにANZEN漫才から““K”ANZEN(完全)漫才”になるよう頑張っていきますので、今後とも応援よろしくお願いします!

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