記事提供:LITALICO 発達ナビ

私はシングルマザー。娘が4歳のときに別居、1年後に調停離婚しました。親の離婚が娘にどんな傷を与えたのか?振り返ってみました。辛い経験ですが、必ず親子ともに立ち直れる日がきます。同じような境遇の人に、それを伝えられたら…と思います。

徐々におかしくなっていった夫婦関係

我が家は母子家庭です。離婚したのは、娘が保育所へ通っているとき。離婚に至るまでの期間は多感な娘にとっても、とても辛い時間でした。私たち夫婦は娘が生まれた頃から、徐々に価値観の相違が大きくなり、家庭内は険悪な雰囲気になっていきました。

そして、「娘が私たちを見て、これが家庭というもの、と思われるくらいなら」と、本気で離婚を考えるようになりました。その後、娘が4歳のときに、1度目の別居に踏み切りました。幼い娘は、別居を始める前から、敏感に家庭の雰囲気を感じ取っていたようです。

「パパにはもう会えないの?」
「私なら優しい男と結婚したい。女の子と結婚したい。」

と言い、家では私にべったり。保育所でも先生に甘えて泣くことが増えていきました。保育所には随分前から家庭不和のことで先生に相談していましたので、別居のことも報告しておきました。すると、先生からこんな報告を受けたのです。

「別居された時期から、私たちにくっついて娘さんはお友達と遊べなくなってきました。給食もあまり食べません。娘さんは神経が細く今にも倒れそうな状態ですもう限界だと思うので、平日にあえて娘さんのために休みをとってあげて下さい。」

実家では気丈にふるまっていた娘が、まさかそんな状態だったとは気付けず、そのときは先生たちの細やかな見守りに心から感謝しました。

別居をやめて家に戻るも、努力はむなしく…。すると、娘のストレスは限界へ

子どものことを思い、1度は自宅に戻りこれまで通りに暮らしてはみたものの、やはり夫婦関係は修復できませんでした。娘は体調を壊したり、おねしょをするようになったりと、心も体も辛そうでした。そして娘が5歳の夏、私は「もう戻らない」という覚悟で娘と共に実家に帰ったのでした。

そのときは「パパとママは仲が悪くなってしまって、もう一緒に暮らせなくなったの。でもそれはパパとママが悪い。あなたは何も悪くない。」とハッキリと伝えました。娘は、パパとママと3人で暮らしたい、と泣いていました。

そこから離婚交渉に入ったのですが、この時期が私たち母娘にとって1番辛い時期となりました。娘は今でも「あのとき、電話で大ゲンカしているお母さんを見て、机の下に潜り込んで泣いたことは忘れない」と言います。

当時、娘の体調は最悪でした。「胸とお腹が痛い、吐きそう。保育所いきたくない。」と泣くので小児科で診てもらうものの、「心電図は問題ありません。精神的なものでしょう。チックも出ています」とだけ言われました。

離婚が成立したことを報告すると、娘は「私は悲しい。ママは悲しくないの?」と言うのです。「ママも悲しいよ。どうしてこんなことになったんだろうと思うよ」と正直に話したことを覚えています。

離婚が成立し、取り残されたように感じた娘。カウンセラーの勧めで児童相談所へ

その頃から、娘に奇妙な行動がみられるようになりました。人形を使った不自然な遊びを毎日提案してくるのです。

それは、子どもたちが「寒い、寒い」と言っているのに母は「暑いよ」と言って聞き入れてくれない、というストーリーのごっこ遊びでした。毎日その母親役を私に強要。これが1ケ月以上続き、心配になった私は自分のカウンセラーに相談し、娘のプレイセラピーをお願いすることにしました。

カウンセラーに分析結果を聞くと「劇の意味は簡単。私は辛いのにママは辛くないの?ってことですよ」と言われました。そして児童相談所に相談するよう、アドバイスされたのです。

児童相談所では、発達診断を受け、私は別室で話を聞いてもらいました。結果、発達に問題はないが様子が気になるということで、月2回プレイセラピー、私はカウンセリングを受けることになりました。

支えてくれる人が増えたおかげか、離婚のショックからようやく、私も娘も落ち着きを取り戻していったのでした。

自分の人生の辛さを、子どものせいには決してしたくなかった

今でも、娘には辛い体験をさせてしまった、と思っています。ずっと一緒だと思っていた家族がいなくなることは、子どもにとって本当にショックなことです。事実、娘は「自分も捨てられるのではないか」と怯えていました。

ですが私は「あなたがいたせいで、別れられなかった」と言う親には、なりたくなかったのです。「ママはあなたのことを絶対に見捨てない。離れない。」ということを伝え続けました。

こんな時は、とことん子どもに寄り添い、人の手もどんどん借りて、共倒れにならないことが大事だと思います。親には親の人生があります。いくら子どもには酷なことであろうと、辛い選択をせざるを得ないときもあることでしょう。

自分の人生は、自分にしか生きられませんから。将来、もし娘に離婚したことを責められても、私はすべての責任を負って生きていきます。そして親子といえども、立ち入ることができないことがあるのだと教えます。

もし同じような境遇の人がいるならば、辛いことも多いけど、親子で笑って過ごせる日が必ず来ます…と伝えたいです。

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