記事提供:R25

野本ダイトリ(のもと・だいとり) 1981年1月7日生まれ。2004年ソフト・オン・デマンド入社後、AV監督として活躍。3年目で同社創業者の高橋がなりのチーフADに選ばれる。入社13年目で代表取締役社長に就任(撮影=森カズシゲ)。

アダルトデジタルコンテンツ市場のリーディングカンパニー、ソフト・オン・デマンド(以下、SOD)。

今年、創立20周年を目前に創業者・高橋がなり氏からの「つまらなくなった会社をどうにかしろ」という指令のもと、新社長に任命されたのが、新卒入社以来AV監督として活躍していた野本ダイトリ氏である。

現在、会社の改革に奔走する野本氏に、目指す組織のあり方について聞くとともに、若手ビジネスマンが学びたい「仕事との向き合い方」のヒントを探る。

「お役所みたい」になった会社 まずはものづくりの原点へ

そもそもの話、SODはどう「つまらなくなってしまった」のか?

「効率化を目指すあまり、マーケティング至上主義になってしまった。どんなAVが売れているのか、という分析から入ってしまって、監督自身の『これが撮りたい』という強い欲求や、誰も考えつかないような切り口が失われたんです。

ものづくりの会社として一番まずいことに、監督やクリエイターを育てることをないがしろにして、いわゆるお役所みたいになってしまって…。いつの間にか同業他社と変わらない作品しか出せなくなっていました」


大きな成長を遂げた企業とあって、確実に売り上げをあげる“守り”の態勢に傾いていたようだ。

それゆえ、本来あるべき会社の姿を取り戻すべく、制作者として抜きん出た情熱と才能を発揮していた野本氏に白羽の矢が立てられたのかもしれない。

「僕は高橋(がなり氏)にはなれませんが、アシスタントを務めていたときに考え方の“軸”を学びました。それは、“損して得取れ”の精神。まずは、お客様を喜ばせることで評価をされて、その後、評価された分の利益が会社に入ると考えています。だから正直、『すぐには業績を伸ばしたい』とは思っていないんですよ」

「自分の作品に指一本触られたくなかった」 文句を言わせないためにどうするか?

突然、会社の将来を担う立場になり、手腕を試される日々を送る野本氏。しかし、タブー視されがちな業界に身を置いているとあって、じつは親から勘当されているそう。周囲からの理解が得られないとき、仕事への情熱が揺らいだり、ブレたりすることはないのだろうか?

「ないですね。僕は、『一度きりの人生でどれだけ思い出を残せるか』ということを考えているんです。目標がしっかりあれば、周囲にもその覚悟が伝わって納得してくれるはず。社長就任を機に実家には謝りに行こうと思っていますけど…」

そう語る野本氏は、目標設定をしっかりとすることを徹底しているそうだ。

「『何年後にこうなっている』という具体的な目標を決めているんです。10年後にこうなっているとか 、15年後にはこうなっていようとか、そのときの自分を想像して組み立てています。

若手監督のときは、自分の作品にプロデューサーから口出しされるのがスゴイ嫌だったんですよ。指一本触れられたくなかった。こいつら何で分かんねえんだろう、って。

企画がボツになることもあったので、だったらプロデュースを学ぼうと、1年間プロデューサーたちに頭を下げながら教えてもらいました。それから監督に戻って、誰にも文句を言わせない作品を撮れる監督を目指そうと」


強い意志で戦略を立てるところはビジネスマンが見習いたい姿勢だ。さらに、野本氏は“社外でも戦える人材”になるという目標も立てたという。

社内である程度の地位になったら、次の目標は世間に名前が知られるAV監督になること。社外で戦うにはどうしたらいいか、と考えた結果、『じゃあ自分が出ていかなければ』というところから、“ハメ撮り”をはじめるんです。やっぱり監督としての色が出るんですよね。

なので、目標を具体的な行動に落とし込むことが、将来を切り開くことになると思っています。ちなみに、社長になるなんて目標はまったく立てていなかったんですけどね。僕は今後どうしたらいいのか…皆さんに教えてもらいたいくらいです(笑)」

(末吉陽子/やじろべえ)

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス