記事提供:ORICON STYLE

前回お送りした『SMAPのベスト盤 木村の歌を中居がプッシュしたあの日』に続く、SMAP連載第6回目。今回は、発表があった8月14日以降、バラエティで毎回のように“SMAP解散ネタ”を語る中居正広の真意に迫りたい。

周りを輝かすために自分のダメな部分を笑い飛ばすのが、SMAPのリーダー・中居流である。いまテレビから流れる“自虐”の数々には、きっと意味がある。

タブーを果敢に切り崩しにかかる、“いつものリーダー”中居正広

中居正広がMCを務めるバラエティが、いい意味でスリリングだ。SMAPの解散が正式に発表されて以来、ことあるごとに解散をネタにして笑いを誘うような発言を連発している。

たとえば、リオ五輪柔道金メダリストのベイカー茉秋がゲストの“ビストロSMAP”(『SMAP×SMAP』内・フジテレビ系)は、解散発表後初の5人揃っての収録とされていたが、「悪いね~、こんなバタバタした時期に(呼んで)。申し訳ないね」と、ベイカーが席に着くやいなや軽いノリで謝罪。

スポーツ紙や週刊誌、ネットニュースなどの「“スマスマ”収録現場はいつもピリピリ」報道を一蹴した。9月になってからは、『中居正広のミになる図書館』(テレビ朝日系)で、「この時期に俺がこんだけしゃべってると、“あいつスゲー能天気だ”と思われる」と発言したり、

『ザ!世界仰天ニュース』(日本テレビ系)では、一緒にMCを務める笑福亭鶴瓶に「タイムリーな時期にこの番組はキツい。他の番組の共演者はみんなあったかいけど、あなたが一番キツい!」とツッコんだり。

新聞に掲載されたメンバーのコメントや、ラジオでの発言以外、メンバー本人からの“心からの言葉”が聞けないまま、解散が決まったSMAPだからこそ、本人の前でSMAP解散ネタに触れるのはタブーなのかと思いきや、バラエティでの中居は、世の中の自主規制やタブーを果敢に切り崩しにかかる。

いいことも悪いことも一緒に乗り越えてきたファンは、それでもまだ素直に年内解散の事実を受け入れられないのが正直なところだ。

でも、バラエティで中居があのおどけたような笑顔で、「俺のことは、どんどんイジってくれていいんだぜ!カモン!」とでも言うように、その場の緊張を緩める空気感を醸し出していることは、“いつものリーダー”だな、と実感できてほっとする。

SMAPのファンは知っている。25年前から、いや、そのもっとずっと前から、誰よりもいっぱい傷ついて、いっぱい苦しんで、いっぱい悩んで、いっぱい努力して、いっぱい無理をして。でも、テレビに出るときは、絶対に笑顔だったことを。

“本当の優しさ”を自虐ネタで包み隠し、ピエロを演じようとする

こんなことを言ってしまうとネタばらしみたいで、彼は嫌がるかもしれないけれど、中居正広は、恐ろしいまでに気遣いの人である。ものすごく神経質で繊細で努力家で、とてつもなく愛情深い人である。

もし、人の“人間力”を測るスケールがあるとしたら、彼の人間力はちょっと規格外なんじゃないだろうかと、大袈裟ではなくそんな気がする。なのに彼は、ごくわずかな人間しか持ち得ない“本当の優しさ”を数々の自虐ネタで包み隠し、一貫して、ピエロを演じようとするのだ。

2015年、中居の周囲では、本当にいろんなことがあった。喉の手術をしたときは、最少のスタッフにだけ病状を伝え、ギリギリまで仕事をし、メンバーや共演者には一切心配も迷惑もかけないようにした。

病床の父親の面倒を甲斐甲斐しく看て、できる限りの親孝行をしていたことも、父親が亡くなってしばらくしてから、ラジオでポツポツと語るようになった。親孝行自慢でもなく、同情を買おうとするのでもなく、ただ事実として、父親と心を通わせた時間を懐かしんでいた。それを聞きながら、この人は本当に心が綺麗なんだなと思った。

インタビューでも、誰かの悪口を言ったり、他と自分たちを比べたりすることは一切なく、むしろ、「アルバムの中で好きな曲」を聞いたりすると、顔を曇らせた。中居語録としてよく覚えているのが、「好きなものは作らない。好きなものを作るってことは、苦手なものも作ることになるから」というもの。

司会をする上で、誰かをえこひいきしたりしないために彼が編み出した、スーパーフラット精神。正直、インタビューでそれを言われてしまうと……と困ることもあったが、「自分ではなく、5人全員がカッコイイから」といった理由をつけて、無理やり曲を選んでくれたこともあった。

とても短いインタビューのこともあれば、思いがけず長く話しを聞けたこともあった。でも、いつも去り際には、「大丈夫ですか?」と確認してくれた。

チャリティイベント『Marching J』で見せた、完璧なイジりの裏側

90年代から、彼がMCを担当した番組はほとんどすべて観てきた。そんな中でもとくに、“中居正広は気遣いの人だ”と、“芸人でもないのに人の個性の面白いところを一瞬にして掴んで広げられる人なんだ”と明確に認識したのは、2011年4月に、ジャニーズ事務所が主催したチャリティイベント『Marching J』のときだった。

3月11日の東日本大震災で様々な催しが自粛モードになったとき、ジャニーズ事務所は4月1日から3日まで、代々木競技場第一体育館の敷地を借り切って、チャリティイベントを開催した。

ジャニーズのタレントが集まって、募金を呼びかけるイベントには、3日間で40万人弱の集客があったと記憶している。原則、ジャニーズのタレントは全員参加だというが、3日間のうち、どのグループがいつ来るかまでは発表されていなかった。

私は、3日間ほぼフルで、現場の様子を取材していた。1日目の朝から、近藤真彦、TOKIO、嵐といった錚々たる顔ぶれが並んだ。全員私服で募金箱の前に立ったり、壇上から訪れる人に手を振ったり。

タレントにマイクは渡されていたものの、1日目は、「◯◯が今到着しました!」という報告があって、メンバーが入れ替わるときに話したり、メンバー同士でわちゃわちゃする場面は多少あったものの、あとは「ありがとうございます!」「東北の復興にご協力お願いします」という呼びかけがほとんど。

ただ、関ジャニ∞が、会場の混雑を見かねて「一歩ずつ確実に前進してください」「迷子が多くなっております。お子さんの手はしっかり握り締めてください!」などと大げさに話して笑いを取っていたのは、お祭り集団らしい盛り上げ方だなと思った。

それ以上に、2日目にSMAPが壇上に立った瞬間、イベントは急に活気づいた。デビュー前のKis-My-Ft2と、A.B.C-ZがSMAPとともにひな壇に並び、中居が、後輩たちをイジり始めたのだ。

A.B.C-Zのことは、わざと「なんだっけグループ名?ABCマート?」と何度も呼び間違え、Kis-My-Ft2がデビューが決まっていると聞くと、「なんだよお前ら、先を越されて悔しくないのかよ!」と煽った。

面白いことを言わせようと、率先してイジるメンバーのチョイスも的確で、A.B.C-Zには、ピンポイントでNHK-BSで放送中のジャニーズの番組『ザ少年倶楽部』で今現在司会を務めている河合郁人に話を振った。

上げたり、落としたり、対立させたり。突然、稲垣吾郎や草なぎ剛に話を振ったり。それはまるでよくできたバラエティ番組を観るようだった。このイベントから1ヵ月ほどして、SMAPを取材することになった。

そのとき中居に、「『Marching J』のときは、予め後輩グループのことを調べたんですか?」と聞いてみた。中居は、「まさか。全く何も知らなかったですよ」と言っていたけれど、実際には、この二つのグループに関しては事前に資料が手渡されていたという。

中居が盾になり守るもの、別々に活動していてもやっぱりSMAP

中居正広という人は、影の努力を決して表に出さない。名前を間違えたり、汚い靴に言及したり、等身バランスをイジったり、いろんな角度から対象に光を当て、隠れていたその人の面白い個性を引っ張り出す。

その、よく練られたイジり芸は、SMAPのメンバーに対しても遺憾なく発揮され、コンサートのMCや“スマスマ”のトークなどから、メンバーの強烈な個性はどんどん浮き彫りになっていった。

周りを輝かすために、自分のダメな部分を先に笑い飛ばすのが、中居流である。それはときに「歌下手」ネタになったり、「人と暮らせない」ネタになったり、「ビンボー」ネタになったりしながら、今は「解散」ネタで、タブーなきアイドルとして、また新たな地平を切り開いている。

その人を思えばこそ、傷口に触れるようなことはしたくない。でも、中居はいつも「こんなの大した傷じゃねーよ!」と率先して強がってくれる。たぶん、ほかのメンバーを守るために。

彼がそうやって自ら盾になって、仲間を守ろうとしているのを見ると、別々に活動していても、やっぱりSMAPはSMAPなのだな、と思える。5人の口から、心からの言葉が聞けなくても、中居が痛みを隠して笑ってくれている限り、SMAPのことが大好きなんだなと、信じられる。

(文/菊地陽子)

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