1980年代 世界で最も危険な都市とされていたニューヨーク

それは、1984年の寒い冬の夜のマンハッタンでの出来事でした。私は留学先のフロリダ州の大学の語学コースからニューヨーク市のコミュニティカレッジに転校してきたばかりでした。

当時のニューヨーク市は世界でもっとも危険な都市とされていた時代でした。

狙われて当然だった

そんな場所で、夜、若い東洋系の女性が1人でひとけのないマンハッタンを歩いていたのですから狙われて当然でした。

ニューヨークに移り住んだばかりの私はそんなことも判らなかったのです。

でも、一応、危険な場所だという認識はあったので、それなりに注意を払っていたつもりだったのです。

その夜はどうしても行かなければならない約束があり、深夜10時ごろ、目的地に向かって歩いていたのです。

人気の途絶えた道を歩く危険は知っていながらも。。

私は、人との待ち合わせ場所に行くために地下鉄に乗ろうとしていました。

それで一番近くの地下鉄駅目指して歩いていました。

それまでマンハッタンの縦の道であるアベニューの大通りを歩いていたのですが、地下鉄駅は横の道であるストリートにありました。

アベニューは人通りがまばらですがまだありました。でも、横の道のストリートには誰もいませんでした。

人通りが途絶えた道を歩くというのは、当時大変危険なことでした。それは判っていたのですが。。

けど、その時の私はどうしても、そこを歩かなければなりませんでした。そうでないと地下鉄には乗れないのですから。。

ひったくり

地下鉄の駅の階段を降りようとした所で、突然後ろから、ショルダーバッグをひったくられてしまいました。

咄嗟に私はショルダーバックの紐を掴んでいました。

当然のことながら、ひったくり犯と私との間で紐がピンと張られた状態になり、バッグを掴んで逃げようと走り出したアフリカ系アメリカ人の少年は、思い切りすっ転んでしまいました。

その衝撃で私も道路に体が投げ出され、激しく転倒してしまいました。つまり2人とも互いの力が引っ張り合ったことで転んでしまったのです。

取り囲まれていた

先に立ち上がることができたのは、私でした。犯人の少年は、私の目の前でまだ転んだ痛さにウンウンと唸っていました。

私の大切なバッグは。。。その少年のすぐそばに転がっていました。十分に拾い上げるころができる距離でした。

バッグを拾い上げようとしたとき、周囲に異様な気配を感じました。

あろうことか、いつの間にか私は、ひったくりの少年の仲間たちに取り囲まれていました。その中には木刀を持った男もいました。

それを見て、一瞬で思いました。「今、ここでバッグを拾い上げたら、この男たちに襲いかかられる。。」と。

そうしなくとも、今にも襲われそうな状況になっていました。絶体絶命の状態でした。

悲鳴

その時の私は、バッグのことは諦めて、イチかバチかで大声で叫ぶしかないと思いました。

黙っていてはやられてしまうのです。覚悟を決めたのです。どうせやられてしまうのなら、せめてその前に大声をあげて助けを呼ぼうと思いました。

声を上げたことで黙らせようとあの木刀で殴りつけられるかもしれないと思いましたが、私はためらう事もなく、悲鳴をあげました。

「ヘルプ!ヘルプ!」誰か声を聞いて!助けて!と大声で、夢中で叫んでいました。

すると、その声がきっかけとなり、強盗集団だちは、一斉に逃げ出しました。

私の目の前で倒れて唸っていた少年も、慌てて立ち上がり、私のバッグを抱えて走り去りました。

私はそれでも声を上げ続けていました。「ヘルプ!ヘルプーミー!」誰か私を助けて!と。

救助に駆けつけた人たち

その声は数人の人たちに届きました。

まず、車を運転していた男性が、車を道路のど真ん中に停めてドアを開けたまま、スパナをもって逃げて行った集団を捕まえようと追いかけて行ってくれました。

そしてその場に立ち尽くしていた私は、残業をしていた近くのビルから出てきた人たちによって保護されました。

でも、私は追いかけて行ってくれた男性の車を見ている義務がありました。

そのことを他の人たちに説明して、一緒に車の傍で待っていました。

しばらくして男性は、暴漢たちを捕まえられなかったことに対して怒りの気持ちをあらわにしながら、車へと戻ってきて、私がお礼を述べている声に耳を貸すこともなく、すぐに車に乗り込んで立ち去ってしまいました。彼らを捕まえることができなくてよほど悔しかったみたいでした。

オフィスで

私はというと、その後、駆け付けてくれた人たちのオフィスに連れて行かれました。

「あなた怪我してるじゃない!」と言われ、ふと見ると、ひざや額から血が出ていました。アスファルトに勢いよくたたきつけらていたので、当然の結果でした。

治療をして、警察に通報するから、オフィスに来なさいと言われたのです。

確か、その時にいたのは、アメリカ人女性2~3人と男性1人だったと思います。

彼らは皆、とても優しく親切にしてくれました。

駆け付けたニューヨーク市警

警察に彼らが通報してくれて、警官が来るのを待っている間、暖かいオフィス内で椅子に座らせてもらい、これまた暖かい飲み物まで出してもらい、救急箱を持ってきて、怪我をしたところを消毒してくれました。

しばらくして、2人のニューヨーク市警がやってきて、その場で調書を取りました。

オフィスにいた時の警察官たちはとてもナイスでした。みんなの手前もあったかもしれません。

バッグを盗まれ、一文無しになってしまった私を警察官がパトカーで滞在先まで送ってくれるというので、それに従いました。

待ち合わせしていた人には、後で電話するつもりでした。(当時は携帯電話などなかったので)

尋問

でも、パトカー内で彼らは豹変しました。

あろうことか、被害者である私を尋問し始めたのです。

私が東洋人女性であったこと。深夜に1人で歩いていたこと。それらが彼らにとっては不信感を抱かせたみたいでした。あの時の私には判りませんでしたが、後で思うに、いわゆる人種差別を受けていたわけです。

「君はニューヨークに何をしに来たの?」「学校に行くために来ました。」
「アメリカにはちゃんと滞在できるビザはあるの?」「学生ビザを持っています」
(当時の私はまだ日本からアメリカに留学に来て1年目でした。)
「君、もしかしてこのニューヨークで不法労働しようとしていない?」
「だから、学ぶために来たと言ってるじゃないですか!」
「でも、よくそう言って不法労働する人が多いんだよね。。君もそう考えてないかい?」

そんな言葉を警官の1人は、ひったくりの被害に遭ったばかりで、しかも怪我までしていた私にポンポン投げつけてきました。

恐怖の出来事に遭遇してしまって、ショックで震えが止まらない被害者に対して、気遣う様子もありませんでした。

反撃

最初はまじめに答えていた私も、あまりに酷い警官たちに対して、とうとうプチンと切れてしまいました。そして、今までたどたどしい英語で答えていた私は、自分でもびっくりするくらいの流暢な英語で警官たちに対してこう言い返していました。

「いったいあなたたちは被害者の私に対して何が言いたいのですか!私はひったくりの被害に遭い、怪我までした被害者ですよね?その被害者の私に対して、あなた方は尋問をするつもりなのですか?オリエンタルだからといって、バカにしてるんですか?

これ以上パトカーの中でそんなばかみたいな質問を続けるつもりなら、私は今、ここで車から降ろしてもらうことを要求します。もう送ってなんかもらわなくても結構です!パトカーから降ろしてください!あなたたちは失礼極まりないです!

私はちゃんと学生ビザを持っているし、大学に学びに来たと言ってますし、それ以上でもないしそれ以下でもないのです。なのにあなたたちは私がこれから不法労働をすると決めつけようとしています。どうしてこんなにバカにされなければならないのでしょうか??

いい加減にしてください!車を今すぐ止めてください!そしてその前にあなたたちの名前を教えてください!」とまくし立てていました。

謝罪

あまりの剣幕に驚いた警官たちは、黙りました。そしてしばらく沈黙した後、あまり質問に口を出していなかったパトカーを運転していた方の警官が、主に尋問をしていた助手席の警官に対して言いました。

「そうだ、彼女は被害者なんだ。学生ビザをもっていて勉強に来たと言っている。もう彼女に対してそんな質問をするのは、やめようよ。」と。

そして、2人の警察官は、後部座席にいた私に対して謝ってきました。そして言いました。

「もうこれ以上君に質問はしない。だから、君を滞在先に送り届けさせてください。」と。

それで車内はやっと静かになりました。それ以降、私の滞在先につくまで、誰一人口をきく者はいませんでした。

私はやっと冷静になり、パトカーの中からマンハッタンの夜景を見つめることができました。。

生まれて初めての経験

滞在先に着き、パトカーを降りた私は、送り届けてくれた警察官2人に対して、一応お礼を言いました。

それに対して警官たちは「気を付けて。翌日以降、落ち着いたらxx署に今回の処理書類を取りに来てください。では。」と言って立ち去りました。

考えてみれば、これが私にとってアメリカでの初めての犯罪被害者体験であり、また警察官に関わった初めての体験でもありました。パトカーに乗ったことも日本を含めて生まれて初めでした。

これは、もう30年以上前の出来事です。

その後、私は世界で最も危険な都市と言われていたニューヨークで様々な事件での被害者となり、何度となく警察官たちと関わってきましたが、一度も良い思いをしたこともないし、一度も彼らから被害者として気遣ってもらったこともありませんでした。

「This is the NEW YORK CITY!」(これがニューヨークさ!)私のニューヨーク仲間に言わせればそういうことでした。

最後に

何が書きたかったのかといえば、米国は被害者であっても、時に人種による偏見で加害者扱いされるということです。

そういう事件が後を絶ちませんよね。。

この私だってそれを嫌というほど、体験した1人です。

今回書かせてもらったのは、米国へ留学してわずか数か月経った時のことでした。

まぁ、日本でも警察官の対応に対してあまり良い思いをしたことがない筆者ですが。。

これも警察官に対する偏見になるのでしょうか??

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さくらまい (Mai Sakura) このユーザーの他の記事を見る

最後まで読んでいただきありがとうございました。
日本生まれですが、米国に30年間住んでいた米国籍のライターです。2014年に家族で日本に移住してきました。どうぞよろしくお願いします。
I am working as the Spotlight web writer in Japan now.
Estoy trabajando como un escritor web del centro de atención en Japón.
Я работаю в качестве веб-писателя в центре внимания в Японии.

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