癌の告知を受けて、それを受け入れたとき、ほっとした自分もいた。

その1年半の間は、とにかく身体が怠くて怠くて、1日1日が精一杯だったのだ。

「癌になるくらいの身体だったんだ」と思ったとき、その間の自分を初めて分かってあげられて、受け入れられて、どこか、ほっとしたのだった。

今思えば、もっと前から、癌にならないように努力できたことが、あったかもしれない。

主人が、私の身体のためにしてくれていた、助言にも、もっと耳を傾ければよかった。

でも、決して、何かに怠けていたわけではない。

あれがあの時の、私なりの精一杯だった。

だから、人生に「たられば」は無し。

それでも、思ってしまうものだけれど。

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