2006年からのここ10年、ハンカチ王子に始まる「王子つけたがり期」が終わらない。ハニカミ王子に家電王子、ついこの間にはひねり王子も登場。そういった名付けブームは定期的にあるもので、90年代にも似たような事象があったことが思い出される。それは懐かしの「○○ラー」の時代

あの時、あの曲。

#15 「アムラーにシノラー、社会現象となったJ-POPファッションリーダーたちの楽曲」

○○ラーは、主に人気の女性歌手のファッションスタイルを真似する女性たちに付けられた呼び方で、シャネルの商品を好んで身につける人のことを指した「シャネラー」が○○ラー現象の先駆けと言われている。

さすがCDが売れに売れた時代だけあって、歌手の発信するものは当時たいへんな影響力があり、街にはラーな女性が溢れていた。そんな社会現象を生んだファッションリーダーたちを楽曲と共に懐かしんでいこう。

あなたは、何ラーでしたか?

1.「SWEET 19 BLUES / 安室奈美恵」

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こちらより『SWEET 19 BLUES』が一部視聴できます)

やはりトップバッターはアムラーだろう。安室奈美恵のメイク、ファッション、ヘアスタイルをまるまる全て真似する女性たちをアムラーと呼び、1996年に全盛を迎えた。

茶髪ロングミニスカート、足元は厚底のロングブーツが王道スタイル。眉毛はアーチ状を描くように細くカットされ、浅黒く灼けた肌も特徴。この年の『現代用語の基礎知識』新語・流行語大賞にも入賞したほどの社会現象を起こした。

「egg('95)」
「Cawaii!('96)」などのいわゆるギャル系雑誌が創刊され人気となったのもアムラー現象を後押しした要素のひとつだった。

SWEET 19 BLUES』はその96年に同タイトルのアルバムからリカットされた。安室奈美恵のパーソナルな心境を汲み上げた歌詞でありつつも、不安や寂しさを抱える10代の女性たちを中心に共感を呼びヒット曲となった。

2.「クルクル ミラクル / 篠原ともえ」

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こちらより『クルクル ミラクル』が一部視聴できます)

篠原ともえが一躍人気になった96年発売の3rdシングル。電気グルーヴの石野卓球によるプロデュースで、テクノサウンドに底抜けに明るい篠原の声が乗るエネルギッシュな楽曲である。

登場時、世間を驚かせたのはその派手さ。プラスチックでできた安価な腕輪をいくつも着け、キャラクターもののポシェットを提げ、背負うランドセルには天使の羽をくっつけるなど、とにかくアイテムを足していくのがシノラーのスタイルだ。

お団子ヘア
ぱっつん前髪が特徴的だが、メイクはナチュラル。眉も手入れ感を出さずに黒髪ということで中高生に真似しやすいファッションでもあった。また、シノラーたちは篠原ともえの服装だけでなく言葉遣いや仕草もコピーしていた。それは他の○○ラーとは異なる新しいカワイイを生んだ彼女のカリスマ性を証明していたと言える。

加えて他の○○ラーと違うのは男性にもシノラーがいたということだ。フジテレビ「笑っていいとも」出演時に開催された「全国シノラー選手権」では、男性がグランプリを受賞した

それは年齢や性別に関係なくシノラーファッションという常識の枠から外れたスタイルに変身することが、普通から抜け出したい人々の願望を叶える非日常へのスイッチだったのだろう。

3.「I'm proud / 華原朋美」

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こちらより『I'm proud』が一部視聴できます)

カハラーはアムラーの日焼けした黒い肌とは逆の白い肌が特徴だ。シャネルやプラダといった高級なブランドを着用しているためOLを中心にブームとなったが、中には無理をしてブランド品を買う10代の少女も存在した。

幼さの残る顔に大人っぽい雰囲気を共存させたのも人気の理由であり、雑誌ではカハラーに向けたメイク術の紹介も多く、当時は化粧品のCMにも各社引っ張りだこだった。また華原が収集していたハローキティグッズも注目され、キティブーム再燃の火付け役となった。

3rdシングル『I'm proud』は前作の「I BELIEVE」に続いてミリオンヒットとなり華原朋美最大のヒットを記録。彼女のデビューから全盛までかけ上っていくシンデレラストーリーに憧れた女性も多かった。

4.「渚にまつわるエトセトラ / PUFFY」

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こちらより『渚にまつわるエトセトラ』が視聴できます)

90年代中期、当時の小室ファミリー全盛の頃にゆる~く登場したのがPUFFYだ。小室サウンドを食傷気味に感じていた層へ、カウンターカルチャー的に響いた二人である。

奥田民生プロデュース
ということで、彼の音楽ルーツのひとつであるジェフ・リンのサウンドをオマージュした楽曲に亜美・由美の力の抜けた自然体な歌唱を乗せ、デビュー曲「アジアの純真」に始まり、この4thシングル『渚にまつわるエトセトラ』でもJ-POPの新しい境地を拓いた。

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パフィラーTシャツにデニムというラフなスタイルで、茶髪のワッフルパーマが特徴である。誰でも簡単にできる服装ではあるものの、反面でシンプルさゆえにごまかしが効かないファッションでもあり、自分に自信のある女性たちがパフィラーになる傾向があった。

外見以外の面で言えば、97年に放送を開始したテレビ朝日のバラエティ番組「パパパパパフィー」で見せた、自由でユルいけれど決して気取らないスタンスもパフィラーの立ち振る舞いに影響を与えていた。

5.「Over Drive / JUDY AND MARY」

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こちらより『Over Drive』が一部視聴できます)

これまで紹介した○○ラーのような呼ばれ方はされていないが、90年代中期の女性ファッションを語るのにYUKIは欠かせないだろう。初めてTOP10入りした7thシングル『Over Drive』で世間に名を広め、その後CUTiEやZipperなどのいわゆる原宿系ファッション誌の表紙を飾るなど、中高生を中心にファッションリーダーとして多くのフォロワ―を擁した。

青文字系のファッションと言えば「同性受けを意識したガーリー且つカジュアルな装いに独創性をひとつまみ」というのが一般認識であるが、YUKIはその独創性の面を多様に持ち、メディア露出の際にバランスよく使い分けていた。

また、特筆すべきなのは健康的なエロティシズムだ。男性に媚びない少女性に寄った恰好や、パンクファッションもYUKIにかかれば不思議と漂うエロさがある。そこに価値を見出した女子が見かけるたびにコロコロ変わる髪形やメイクを研究するといったことも多かったようだ。

バブルの余韻、豪快さと危うさが混然としていた90年代のファッションとアイデンティティの結びつきは、現在と少し違った意味合いがあるように思える。自分を表現する手段としてファッションは、ポップアイコンの装いを頭から爪先まで真似することで果たせるところがあった。

当時○○ラーを経験した方はおよそ20年経った今、どんな服装をしているだろうか。どんな音楽を聴いているだろうか。好きだったモノから逆算して自分史を紐解いたその時に、現在の自身の気づかなかった内面が見えてくるかもしれない。

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Spotlight編集部 なーろ このユーザーの他の記事を見る

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