甚大な被害を出し、いまだに復興が行き届かない東北大震災では、のべ2500人もの一般開業歯科医師が検視に関わりました。
その中でも私の故郷、宮城県の三宅歯科医師の活動をいろいろな記録と共にお伝えします。
私自身、東北大震災を経験して被災者となった今だから分かること、歯科医院に勤めていたからこそ分かることかなと思います。

いつもと同じ毎日が、もう同じではなくなった瞬間。

宮城県石巻市の三宅歯科医院。
笑顔が素敵な先生と明るいスタッフが働く一般的な歯科医院です。
この医院の幸運は建物の1階ではなく2階にあったことかもしれません。

以下、三宅医師のレポートを要約して載せます。

2011年3月11日あの地震の日、揺れがおさまった後、歩行困難の患者さんをなんとかタクシーに乗せて帰し、三宅医師は半袖の白衣のままのスタッフを高台の自宅へ避難させ、その高台の自宅から海を見て絶句した。

避難所になっている近くの高校が人であふれかえっている理由が分かったからだ。あまりに近すぎて、津波がどこまで来ているのか分からなかったのだ。

家族が無事帰還し、スタッフやその家族、患者さん等総勢15名で最初の4日間を乗り切り、全員を家族のもとに合流させた後、三宅医師は「歯科医師の自分にも何かできないか」と牡鹿の総合体育館に向かう。

累々たる遺体、悲傷の家族。

2年前に警察歯科医の講習を受けていた三宅医師は、まだ手付かずの牡鹿に行ってほしいとの依頼を受けて、警察車両2台で牡鹿体育館へ向かう。3時間かかって到着。途中にある浜の小さい集落が全滅しているのを見て力が抜けたという。

小さい町で、生存者はいるのか?ガレキだらけの体育館に入る。遺体が並んでいた。
小さな町なので、ほとんどが着衣で身元が分かり、身元不明の遺体はなかったそうだ。
そして検視を行う。

以下、引用させていただきました。

身元不明のご遺体が少ない、⼩さい町なので⼈相、着⾐で殆ど個⼈を識別できたらしい。
雪がしんしんと降り続く中、体育館でひたすら⼝腔チャートを記⼊した。
体育館のガラスはすべて割れていて⾵が冷たく⼿が悴んでチャートがうまく書けなかった。

講習会では3⼈1組で⼝腔内を見る⼈、チャートを記⼊する⼈、明りを照らす⼈での実習だったが、ここではすべて一⼈で⾏うしかなかった。
すでに死後硬直がひどく金属性のヘラを無理やり⼊れ⼝をこじ開けた。
一⼈で見てチャートを記⼊するとなると何度もこじ開けなければならない。

検視が終わり石巻警察所に着いたのは20時を過ぎて真っ暗だった。
腕が筋肉痛になっていた。17⽇に総合体育館のご遺体は300体を超えてフロアが一杯になり、18⽇から旧青果市場が遺体安置所になった。17⽇から24⽇まで毎⽇、旧青果市場に通った、総合体育館から考えると10⽇間毎⽇である。

出典 http://www.miyake-do.com

これは歯科医院勤務経験があるから気になることかもしれませんが、口はそう簡単に開かないのです。
水の中もがいて絶命した方はその水の息苦しさに、火の中で亡くなった方はその強烈な熱の息苦しさに、ガレキの下で亡くなった方はその痛みに耐えながら、そしてそのどれもが「即死」ではないのです。

自分が間もなく死んでいくことを悟ってぐっと苦しみを噛みしめたその口を開けるというのは本当に大変なことと思います。

ましてや死後硬直の固まった表情筋に対抗しなければならないのは、ただ医院で患者さんを診ている時にはやらないこと。無理矢理患者の口をこじ開けるなんて、絶対にやってはいけないこと、です。

ところで、チャートとはデンタルチャートというものです。
用紙に口を開けた絵が描かれており、そこに一本一本の歯の状態を記録していきます。
これがあることで、治療痕から本人の身元確認をします。

3⽉中は身元不明のご遺体のみチャートをとった。
3⽉20⽇89体、21⽇72体、22⽇142体、23⽇158体、24⽇99体、25⽇65体、と朝8時に石巻警察署に集合し、2階の刑事1課でお茶を出されミーティングに参加し警察⾞両に乗せてもらい旧青果市場に向かう。
鑑識4名と私で乗⾞し今⽇も頑張ろうと明るい曲をかけモチベーションを上げる。

到着後ひたすらチャートをとる。帰りは20時をすぎている。
帰りの⾞の中は、朝とはうって変ってみな無⾔である。
警察署で下ろされ⾃宅まで⾃転⾞で帰るがふらふらだった。
身元不明のご遺体だけでこの数であるが、身元判明のご遺体も合わせると、ピーク時は1⽇に300体くらいは搬送されていた。

陸上⾃衛隊の⼤きなトラックに何体も積まれ、ご遺体を下す⼊⼝では順番待ちのトラックがいた。
⾃衛隊の隊員が、ご遺体を重ねて運んで来てもいいだろうか?と聞くので、それは亡くなった方に失礼なのでやめて下さいと話した。

出典 http://www.miyake-do.com

このご遺体の数が想像を絶します。
三宅医師も、警察関係者も、自衛隊員も、皆被災者なのです。
こちらの文章はレポート内のものですが(ページの最後に紹介しています)、その中の写真が下のものです。

出典 http://www.miyake-do.com

三宅医師が書かれたレポート内にある写真です。
並んでいるのはご遺体です。床のシワは、何かブルーシートのようなものがひかれてその波なのかと思っていましたが、泥がなだれ込んだ後だそうです。

駆けつける遺族の悲しみ。

外では安置所に早く⼊れろとご遺族と警察官で⼩競り合いが始まっていた。
しかし警察官と一緒にいざ⼊って来て、これはと思うご遺体を何体か確認するが、途中で皆やめてしまう。

⼤きな旧青果市場のフロア一面に並べられた1000体を超す遺体に顔⾊が変わる。
身元不明のご遺体は遺体袋のチャックを開けて顔を出しておくことになっていたが、がれきでつぶされたご遺体や焼死体も多い。
家族を探したいと思う気持ちもあるが、この現状を見て耐えらないのだろう。

出典 http://www.miyake-do.com

歯科医師も、警察であっても、遺体に慣れている人なんていません。
家族を探したい、でも家族の遺体は見られない。ご遺族の方々の激しい葛藤を思うと、胸が痛みます。

大変つらい内容ですが、自分が残された側だったらどうするか?考えさせられましたのでこちらも引用させていただきます。

遺体袋から⼩さな⼥の子を取り出し、半⽇ずっと抱きしめていた母親がいた。
案内した警察官もそばに半⽇ずっと立っていた。
その傍らでチャートをひたすらとる。
その場から逃げだしたい気持ちで一杯だった。

⼩さい男の子のご遺体に泣きながらすがりつく⼩学生くらいの⼥の子がいた。
弟だったのだろうか、母親が一生懸命なぐさめる。
高齢のご遺体の周りに10⼈位のご遺族が泣きくずれる。

皆に愛されたやさしいお祖⽗さんだったのだろう。服を着せてもいいかと聞かれたこともあった。
家が流失しご遺体を持ち帰れないと⾔い一生懸命、遺体袋の下に布団をひいていたお婆さんもいた。

発見場所が同じ3体のご遺体があった。母親と⼩学生くらいの子供⼆⼈である。
⽗親は無事なのか?この状況から立ち直れるのか?そんな事を考えながらチャートをとった。

2、3⽇後、⽗親と思われる長身の体格の良い男性が警察と確認しにきた。
ご遺体の顔を見たとたん⼤きな叫び声をあげ泣き出した。場内で作業していた、警察官、⾃衛隊、歯科医すべての⼿が⽌まった。
近くでチャートをとりながら私も泣けてきた。

チャートを記⼊していると後ろから「ママだけ生き残ってごめんね」とささやく声が聞こえてきた。⼩さなご遺体に話しかけている⼥性がいる。

出典 http://www.miyake-do.com

自分のパートナーが横たわっていたら、その現実を受け入れられるだろうか。
受け入れたくなくて遺体安置所に行かないかもしれない。
でも、「いないことを確認したい」と言って行く人もいるのです。
強いな、と思いました。

自衛隊、警察、歯科医師の連携で身元が判明する。

がれきで頭部がつぶされたご遺体が何体かあり検視は⼤変だった。
喉まで⼿を⼊れ脱落した歯⽛をさがし、上顎⾻、下顎⾻の⾻折を整復し顔を整えて歯槽渦に歯⽛を戻してチャートをとった。

また焼死体で⾃衛隊が⾞の中の灰を集めてビニール袋にいれて何体か持ってきた。
法医の先生と灰の中から歯⽛と⾻を一生懸命さがした。法医の先生も私も真っ⿊になりながら探し、チャートを作った。

今思うと⾃分でもよくできたなと思うが、その時は毎⽇、身内を発見し⼤声で泣きじゃくるご遺族、放心状態で立てなくなるご遺族をたくさん見てすべてのご遺体を家族に帰すというモチベーションが強かった。

出典 http://www.miyake-do.com

歯科医師がチャートをとれるのは、自衛隊の方が現場で遺体を探し、時にはばらばらでも集め、遺体安置所に連れてきてくれるからです。
自衛隊の方が食事したり休憩したりしているのを見たことがありません。

皆同じ迷彩服を着て全員が同じように「自衛隊の人」と呼ばれ、個人というものをまったく出さず黙々と現実だけを目の当たりにする。亡くなった方や遺族の中にはかつて「自衛隊なんていらない」と言った人もいたかもしれません。
それでも助けるのが自衛隊なんです。感謝しきれません。

歯科って命に関わらないでしょ。

最後に、三宅医師のレポートの中にこんなことが書かれていて、歯科医院勤務経験がある私は納得しました。

⼤規模震災や事故の場合、救急治療などで医師の活躍は脚光をあび、広く認識されているが歯科は話題にもならない。
歯科治療はあくまでQOLの向上、より良い生活、より良い⼈生を送るための⼿助けをする仕事であり震災や災害などの緊急処置を必要とする場面では活躍の場が無いと思っていた。

しかしこのような広範囲に及ぶ開放型の⼤規模災害では硬組織と金属で多様化している治療痕が個⼈の特定に役立っている。
むしろもう歯科の治療痕でしか個⼈の特定はできないのではないだろうか。

⽇々の診療で美味しく食べれるように、きれいな笑顔で笑えるように治療してきたが、今回の検視で個⼈の特定をすることも、亡くなった方、ご遺族にとってのQOLだと思う。

出典 http://www.miyake-do.com

QOLとはクオリティオブライフのことで、生活の質を指します。
美容に関わるのは、歯科と皮膚科だけ。
特に歯科では直接的に命に関わるようなことはないと、三宅医師と同じく私も認識していました。
しかしこの検視はどうでしょう。

誰にも引き取られずに火葬されたいですか?

灰になって土に返るまでが生活だとしたら、ご遺体にとってこの身元確認作業が最後の関わり合いなのです。
亡くなってしまったけど身元が判明して家族の元で葬ってもらえる。
これが人生の最後の最後に歯科医師がしてあげられるQOLです。

これは近年QODと言われています。
クオリティオブデスという意味です。
私たちは生まれた瞬間から死に向かって歩いていっています。

なので生きる=死ぬといえるかもしれません。

死に方の質をあげる、それは自らも被災し、それでも賢明に死に関わった歯科医師がもたらす最後のQOLなのです。

私は何も歯科医師や自衛隊や警察の働きを讃えたいわけではありません。
自分は被災者=受け身なところがありましたが、歯科医院での経験や三宅医師のレポートや日本歯科医師会の本を読んでぜひこの事実を今も現役の歯科関係者にも知ってほしいと思いました。

歯科医院はQOLをあげるだけではない、内科より後回しにされる科ではない。
誰にもできない、歯科にしかできない仕事で、立派に命と向き合っています。

出典 http://imgcc.naver.jp

避難所で診療を行う歯科医師

引用元を紹介します。多くの方に読んでいただきたいです。

長い文章を読んでくださってありがとうございました。

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なないろタロットアドバイザー、ライターをしています。色んな方の色んな悩みを多角的に前向きにアドバイスできるよう『なないろ』とつけました。職歴のある占い、動物ペット関係、歯科医療、リラクゼーション、料理等が得意です。

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