多くの感動を与えてくれたリオ・パラリンピック。
参加したすべての選手の人生に、それぞれ波瀾万丈のドラマがあることでしょう。
その中で、今期で競技人生を引退するという、競泳男子南アフリカ代表のアフマット・ハシム(Achmat Hasseim)選手のストーリーが、世界中で話題をよんでいます。

「シャークボーイ」「シャーキー」の愛称で呼ばれるアフマット選手には、右足のひざから下がありません。10年前にサメに食いちぎられてしまったのです。そのため義足の人生を送る彼は、パラリンピックから引退後、かつて自分から右足と夢を奪ったサメ達の保護に人生を捧げるというのです。

みずからに辛い運命を与えたはずのサメを、彼はなぜ「サメの保護者」と呼ばれるまでに、守ろうとするのでしょうか。

(以下、敬称略)

アフマットは、1982年に南アフリカのケープタウンで生まれました。
スポーツが大好きな彼は、サッカーのセミプロリーグでゴールキーパーを努める他、水泳も得意でした。

2006年の夏、24歳だったアフマットは得意の水泳を生かそうと、ミューゼンバーグのビーチで、弟のタリークと一緒にライガードとなるため訓練を受けることにしました。

その日、弟とアフマットは2人とも訓練のロールプレイで被害者の役になり、海上で救助ボートを待っていました。

ふと弟の方を見ると、水面下になにやら三角形をした陰が近づいているのです。
「イルカかアシカだと思ったんだ。だから水中にもぐって見てみようと思った」

一目みるなり水中に浮き上がった彼は、叫びました。
そう、体長4.5mもの大きなホオジロザメが弟に向かってくるところだったのです。

救命ボートの到着が遅れることを恐れながらも、アフマットは水面を叩きつけてサメの注意をひいて弟から引き離そうとしました。
おとり作戦は成功しました。弟タリークは助かったのです。
サメのおとりになったアフマットは、サメの大きな口から必至に逃げようと泳ぎまわりました。
サメの背中に回り込もうとした時、右足がなぜかついてこないのを感じます。

「その瞬間、右足の半分がサメの口に入っているのが見えたんだ」

サメはアフマットも足に噛みついていたのです。
そのままサメは彼を海底に50mほどひきずりこみました。
このままでは溺れ死んでしまう!という時、サメはアフマットの右足を食いちぎりました。右足をサメの口に残したまま、自由になった残りの身体で彼は水面まで浮き上がり、溺死寸前の状態で救命ボートに引き上げられました。

1、2ヶ月ほどで回復したものの、右足は永久に失われてしまったアフマット。彼のセミプロのサッカー選手としてのキャリアは、右足と一緒に永遠に失われてしまったのです。

それでも彼は人生から希望を捨てることはありませんでした。

数ヶ月後、義足をつけて歩けるようになると、アフマットは因縁のミューゼンバーグ・ビーチに向いました。
「海の前に立って、海を見下ろしながら自分に言ったんだ。”アフマット、わかるか、お前は生還したんだよ、お前は生きてるんだぞ、って。」

そんなアフマットに、新たな道を開いたのは南アフリカのパラリンピックメダリストのナタリー・デュトワでした。彼女はアフマットに、再び泳いでみないかと誘ったのです。

数ヶ月後、アフマットは再び水の中にいました。

南アフリカ スポーツ科学研究所で訓練をしたアフマットは、二年後の2008年には北京パラリンピックに南アフリカ代表として出場し、100メートル背泳ぎに参加しました。続く2012年のロンドンパラリンピックでは、100mバタフライ、100m/400m自由形に出場し、100mバタフライで銅メダルを獲得し、ついにメダリストとなりました。しかも彼のタイムは、アフリカ新記録を更新という輝かしいものでした。

アフマットの勝利の秘訣は、自らの運命を変えたあの日の記憶を蘇らせること。プールで、彼の後ろにあの恐ろしいサメがいるかのようにイメージして泳ぐのです。

「試合の時、僕はあの恐怖を利用するんです。4.7mのホオジロザメがプールの底に引きずり込んだり、上へと押し上げようとしようとしていると想像するんだ」


アフマットにとって最後のパラリンピックとなるリオでは、100メートルバタフライで8位入賞を果たしました。

パラリンピック引退後の人生を、アフマットはサメの保護活動に捧げようと考えています。
「僕以上に誰が彼らを守れる?」
アフマットは言います。
「サメは僕に多くの機会を与えてくれたんだ。祖国の代表になることや、世界を変えるような機会を。その恩返しがしたいんです」

アフマットは世界中で海洋生物への保護活動や研究調査への資金提供を行う「Save Our Ocean」で積極的な活動を続けてきました。
その活動が認められて、アフマットは昨年、国連に「国際サメ保護者」として表彰されました。
「僕に求められているのは世界中でサメを守る事、サメの代理人になることなんだ」


アフマットはサメが捕獲によって減少するのを防ぐことに力を入れています。
なによりも恐れているのは、サメの減少によって海の食物連鎖が破壊されることだと言います。
「統計はひどいことになっているんだ。年間に約一億ものサメが人間に殺されているんだ。」


「シャークボーイ」というニックネームを弟のタリークは「スーパーヒーローの名前みたい」と言うのだと笑って話すアフメット。
その不屈の精神、優しさ、力強さはまさに本物のヒーローと言えます。

どんな不運に見舞われても、それを不幸と思わず転機と見方を変えること、自分に危害を与えた相手をも理解し赦すこと。アフメットの生き方から私達が学ぶべき点は多いのではないでしょうか。

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jyorogumo このユーザーの他の記事を見る

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