出典 http://ddnavi.com

関西出身の友達に茶目っ気を込めて「バカじゃん!?」と言い放ち、キレられたことがある。不意打ちだった。関西では「バカ」という言葉が関東での意味より侮辱的な意味を持つらしい。

この場合「アホ」という言葉を使うのが関西式らしいのだが、関東出身のボクは「アホ」という言葉の方が傷ついたりする。同じ言語を喋る日本人同士でも、たかだか400~500キロ程度離れただけで、言葉の意味は変わり誤解が生じるのである。

それでは、遥か数千キロ離れた異国の地で他言語を操る人と、《誤解なし》でコミュニケーションを取ることなんてできるのだろうか?

ましてや首脳クラスのコミュニケーションとなると、些細な誤解であったとしても「ごめん、ごめん」では許されないわけで、会話の内容もさることながら、Aという言葉で語られた意味をBという言語に置き換え繋げる「通訳者」こそ、超重要と言わざるを得ない。

しかし、この通訳という仕事。責任の割にあまり日の目を見ていない気がする。であるからして現役同時通訳者である袖川裕美さん著『同時通訳はやめられない(平凡社新書)』(平凡社)は、普段語られることの少ない通訳者の実態を知ることができる興味深い一冊であった。

手に汗握る格闘漫画のような世界

本書は、ビジネスを中心にアート、音楽、スポーツと幅広い分野で活躍する同時通訳者・袖川さんの見聞きした実体験に沿って同時通訳の世界が語られるのだが、想像していた世界とは随分と違ったので驚いた。

通訳者というのは右から左へ機械のようにオートメイションで翻訳できる人間離れした存在だと思っていた。しかし、その実は入念な下準備に勤しみ、現場ではスピーカーの予定に反したアドリブに肝を冷やしながら瞬間、瞬間を凌いでいくアスリートのような仕事であった。

そのため、袖川さんが紹介するエピソードの数々はサスペンスフルでドラマチックだ。UAE(アラブ首長国連邦)と日本の「二重課税廃止のための租税交渉」での通訳現場で、ほとんど内容が明かされないまま当日を迎え、

始まるやUAE側の要人が突如、自国の憲法の条文を読み出し、記憶を無くすほど狼狽した話(本書の中で、「一体、どこの誰が他国の憲法を聞いただけで訳せるというのか」とツッコミが入れられる)。

CNN(アメリカ合衆国のニュース専門チャンネル)で通訳をしたとき、キーワードになっていた“psychopath”(精神病質者)という単語の意味をド忘れてしまい、火事場の馬鹿力ともいうべき早技で通訳をしながら辞書を引いた話。

最近のエピソードだと、オバマ大統領の広島訪問時の演説をBBCワールドニュースで同時通訳したときのプレッシャーが綴られている。

次にエンタメ界に来るのは「同時通訳」かもしれない

本書を読んでいると、同時通訳という職業でしか感じられないスリリングな日々を追体験することができる。一瞬をさらに引き延ばし、世界がスローモーションになるほど集中した極限状態の中で、思考と駆け引きに挑む袖川さんの姿は格闘漫画を読んでいるかのようだ。

また、本書の中では同時通訳というポストから見る世界経済や情勢が語られるのだが、人と人のコミュニケーションの間に立つ同時通訳者特有の視点で描かれる世界は妙に生々しく、面白い。

最近、『校閲ガール』(宮木あやこ)や『舟を編む』(三浦しをん)、『重版出来!』(松田奈緒子)など、エンタメ業界では言葉の仕事人が取り上げられているが、次はスリリングなエピソードに事欠かない“同時通訳”が来るかもしれない。

そう思ってしまうほど、本書はドラマチックなエンターテインメント性に溢れている。

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