2016年9月12日、競泳男子種目で3度の五輪を経験、計4個のメダルを獲得した松田丈志選手が現役引退を発表しました。他にも五輪の舞台で多くの夢を見せてくれた日本人アスリート達が2016年をもって現役を退いています。そんなアスリート達の活躍を振り返ってみましょう。

松田丈志

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2004年アテネ五輪から2016年リオ五輪まで4大会連続出場し、銀1、銅3のメダルを獲得しました。

「今はスッキリしている。一点の曇りもない。五輪で金メダルは獲得できなかったですけど、競技人生で獲得した4つの五輪メダルは私にとって1つ1つ思い出深い、欠けてほしくないメダル。金メダルまで届かなかったのもいい思い出です」

野口みずき

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2004年アテネ五輪で女子マラソン金メダリストを獲得した野口選手。2003年世界選手権では銀メダルを獲得、2005年には2時間19分12秒で日本記録を樹立しました。2008年北京五輪を故障で欠場して以降、脚のけがに悩まされリオ五輪を前に引退を表明しました。

「引退の理由はトップレベルの走りができなくなってしまったこと。今までのような走りができなくなってしまったのが理由です。本当に幸せな陸上人生を歩んで来られた。陸上を通してたくさんの人に出合えて、吸収して、陸上以外のことでも成長できたので、本当に感謝の気持ちでいっぱいです」

太田雄貴

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2004年アテネ五輪から2016年リオ五輪まで4大会連続五輪出場、北京五輪では個人、ロンドン五輪では団体で銀メダルを獲得しました。北京五輪での銀メダルは、日本フェンシング史上初の五輪メダル。その他にも数々の偉大な記録を打ち立てました。

「4回もあの場に立てたのがうれしかった。感謝の気持ちしかない。五輪にここまで育ててもらった。取れなかったけど金メダルを目指したからこそ、今日の僕がある。五輪にめちゃくちゃ感謝している」

平野早矢香

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2008年北京五輪とロンドンの2大会に出場し、2012年のロンドン五輪、卓球女子団体で銀メダルを獲得。福原愛選手、石川佳純選手の若手2人を引っ張り、この競技における日本初のメダルに貢献しました。目標としたリオ五輪の代表入りを逃し、今年3月に現役引退、13年間所属したミキハウスでコーチとして再スタートを切りました。

「一番『試合が楽しい』と思ったのが、ロンドン五輪。五輪ってこんなにも楽しいんだとあらためて感じました。小さい頃には想像しなかったような結果が残せて、幸せな競技生活を送れました。卓球に全てをかけてきた生活だったので、すごく寂しさがあります」

田中和仁

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2012年ロンドン五輪の男子体操団体総合で銀メダルを獲得。田中選手の妹は女子体操元五輪代表の田中理恵選手、弟は田中佑典選手、このロンドン五輪では3人そろって出場し話題となりました。

「オールランダーとして成績を残せなくなってきたこと、自分の練習内容に不満とイライラしている自分がいたこと。全日本種目別決勝の平行棒の演技を終え、自分自身と向き合い、引退する決断に至りました。

最後の平行棒の演技では「意地」と「プライド」と「感謝の気持ち」を胸に、【自分の体操】【自分らしい演技】をすることができました

北島康介

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競泳の北島選手は、男子平泳ぎで史上初の五輪2大会連続2冠に輝き、通算4個の金メダルを獲得しました。5大会連続の五輪出場をかけた日本選手権で落選し、今年の4月に引退を表明しました。

「五輪で終わるか日本選手権で終わるか、覚悟を持ってやってきたつもり。(真剣勝負は)自分の中では終わりです。とても幸せな選手生活を送らせていただけた。五輪は僕が僕らしく一番輝ける場所だったと思う」

小塚崇彦

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今年3月に引退を表明した男子フィギアスケートの小塚選手。2010年バンクーバー五輪で8位入賞、2011年の世界選手権で銀メダルを獲得しました。2015年全日本選手権のFSで最後のポーズをとった瞬間に引退を決意。「今後につきましては、氷上を去ることになりますが、これまでの経験を活かし、トヨタ自動車の従業員として新たな人生を歩むことに致しました」という引退コメントも話題に。

「『今回が最後かな』と思いながら最近はずっとやってきました。でも終わった瞬間に、本来ならば演技前半で失敗しているし悔しい感情が出てくるところで、気持ちがシュッと抜けるというかそういう状態になってしまったので「これが終わるタイミングなんだな」と思ったという感じです」

海堀あゆみ

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女子サッカー・なでしこジャパンのGKとして、2008年北京五輪では第2GKとして選ばれるもの出場機会はなかった海堀選手ですが、2011年W杯ドイツ大会では生GKとして悲願の優勝に貢献、大会の優秀選手21人にも選出されました。2012年ロンドン五輪でも代表として活躍しました。

「(引退の)理由としましては、身体のパフォーマンスが以前に比べて上がらなくなり、日々一番のライバルである自分自身に勝てなくなったからです今後の事は何も決まっていませんが、この経験を生かして今の自分を超えれるように前を見て新しい自分にチャレンジしたいと思います

室伏広治

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男子ハンマー投げで、2004円アテネ五輪で金メダル、2012年ロンドン五輪では銅メダルを獲得。5大会連続の五輪出場をかけた日本選手権で、参加標準記録の77m00に届かず8位で終わった事を受けて引退を表明しました。

「体力の限界を感じています。高みを目指すのは最後です。役割を終えたと思います」

サブロー

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by shiori.k

2007年、日本代表として北京五輪アジア最終予選に出場、その活躍で5大会連続の五輪出場に大きく貢献するものの、翌08年に左太腿裏を痛めて代表入りを逃し、本人は五輪の舞台に立つことができませんでした。しかし日本代表の北京輪出場はサブロー選手なしには語れず、五輪を彩った一人であると言っても過言ではないでしょう。

1994年秋のドラフトでロッテから1位指名され入団、22年間の現役生活の中で、2005年、2010年と2度の日本一に主力として貢献しました。

「やり遂げた感はある。後悔はない。(「つなぎの4番」として貢献した2005年の日本一については)入団時には夢にも思わなかったことが実現した。うれし涙を初めて流した。僕はロッテの人間。どんな形であれ力になりたい」

今年も多くのアスリートたちが引退を表明しました。引退を惜しむ声と共に、あの感動を再び思い出し感謝を伝えたいという声が多く聞こえてきます。彼らの第二の人生が、ますます素晴らしい日々になる事を祈ると共に、私たちも受け取った感動を毎日の力にして暮らしていかなくてはと、改めて身が引き締まる思いです。

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