記事提供:messy

今年5月に起きた、東大生5人が大学生の女性に対して強制わいせつと暴行を行った事件の裁判が9月5日に東京地裁で開かれました。

今回は訴訟された3人のうち主犯とされる松見謙佑被告の裁判で、検察側は「卑劣かつ執拗で極めて悪質。さらに暴力自体を楽しんだと認められる」「被害者は示談を拒否し続けており、処罰感情が峻烈」として懲役2年を求めています。

5人の東大生は女性を泥酔させ、全裸にし、肛門を箸でつついたり、背中を叩いたり、胸の上に熱いラーメンを落としたり、馬乗りになってキスをするなどを行っています。このニュースを見て「それほどのことをしてたった2年の求刑?」と思いました。

その上、検察側の求刑に対して弁護側は「悪ふざけ的な暴行やいじめの側面が強い」として情状酌量を求めたことも明らかになっています。被告の行為を悪ふざけで済ますことが「許されてしまう」のが日本なのでしょうか?

スタンフォード大学男子学生によるレイプ事件との共通点

アメリカでも男子学生によるレイプ事件が後を絶ちません。

最近話題になっているのは、ブロック・ターナーという当時スタンフォード大学水泳部に所属していた男子学生が、泥酔して寮の外のゴミ箱の横に倒れていた女性を強姦した事件です。

裁判に発展しましたが「厳罰は被告の将来に重大な影響をもたらす」としてたったの6カ月の懲役判決が下され、結果的に3カ月で出所しました。このあまりにも軽い処分がアメリカ国内でも問題視されています。

この事件が特に大きく取り上げられたのは、ターナーの判決が出た時に被害者の女性が発表した12ページにも及ぶ声明が、あまりにも衝撃的だったからです。

声明の中で被害者は、ターナーが雇ったやり手の著名弁護士チーム(探偵なども含め)が、完璧にターナー側に立った証言ができる証言者を探してきたこと、被害者の私生活を調べ上げ、恋愛や生活の粗探しをして、重箱の隅をつつくような質問で彼女を黙らせ、彼女の地位を貶め、彼女の人格を傷つけようとしたことを述べています。

ターナーは、家族や知人のつても総動員して、弁護士チームとともに自分の犯した卑劣かつ凶暴な罪から逃れようとしたのです。

アメリカではこの事件が「白人×男性×エリート大学生」が自らの特権を悪用し、暴行を働いた事件として注目されています。

「白人×男性×エリート大学生」が注目される理由は、このような強姦事件がエリート大学の学生寮で無数に起こっているのに、一向に状況が改善しないためです。

スタンフォード大学をはじめとして、エリート大学の学生の大多数が富裕層・白人であり、さらにその中で発言力、影響力が強いのは男子学生です。

しかも、大学運営の中心を担うのが男性であり、男子学生たちに同情的であったり、強姦を「大学カルチャーのひとつ」くらいにしか捉えず、具体的な対策を何一つしようとしていないからです。

アメリカでは今、警察によるマイノリティに対する権力の濫用が大きな問題になっています。

警官がマイノリティに対して平然と暴行をふるったり、「逮捕しようとしたら暴れたから」などといって無防備な若者を射殺したりしていることが問題視されています。

こうした事件は、たとえば「Black teen killed by police」などでネット検索をするとあまりにも多数起こっていることがお分かりいただけるかと思います。

それくらい、マイノリティは警察の暴力にさらされ、身の危険を感じながら生きていのです。

強姦を行った白人エリート男子学生はたったの3カ月で刑務所を出所している一方で、誰も傷つけていないのにもかかわらず、エリート大学の男子学生たちも学内の寮で服用しているような軽い「薬物」を所持・使用しただけでも、マイノリティであれば、何年も刑務所に入れられています。

これは明らかに、アメリカ司法システムの人種主義に基づいたダブルスタンダードであり、同時に「エリート大学学生」に対する「甘やかし」です。

被害者の女性は、あたかも自らに非があるかのように裁判で攻め立てられ、加害者であるターナーは「将来に重大な影響を及ぼさないように」ほんのわずかな刑罰しか与えられませんでした。

ようするに、酒を飲んで調子に乗って起こしてしまった若気の至りの犯行であって、本当は真面目なスポーツマンでエリートなのだからと、凶悪で卑劣な罪が許されてしまったのです。

この事実を受け止めなければならなかった被害者の女性の気持ちを考えると、胸が締め付けられるようです。

「エリート男子学生」という特権

今回の東大生5人による強制わいせつ・暴行事件も同様のことが言えると思います。

今回の事件では、当初の報道で彼らの名前や顔写真が全く公開されないことが疑問視されていました。

彼らが起訴されていなかったから、起訴される可能性が低かったから、また起訴されても有罪、実刑判決が出る可能性が少なく、すぐに大学含めて社会復帰する可能性が高かったから、また加害者のメンバーの一人が、自民党の山谷えり子議員を親戚に持っていたからなど、情報が公開されなかった理由は様々考えられます。

その後、被害者の女性は加害者側の示談に応じず、5人のうち3人を起訴しました。

それによって3人については実名も公表され、他の2人についても、あちこちの雑誌やネットで情報が出ています。ただ、これらは彼らが起こした事件に対する社会的制裁としては不十分と私は考えます。

さらに言うならば、たとえ弁護のためであっても、性的暴行を「いたずらだから」と弁護側が言うことができる社会の雰囲気は望ましいものなのでしょうか?

この弁護によって情状酌量されるようなことがあったら、それはスタンフォード大学での事件同様に「エリート男子学生」が、報道にも、司法システムにも守られているということなのではないでしょうか?

もちろん、他の大学の学生が行った性的暴行や強制わいせつ事件も数多くあります。

しかし、今回の東大生5人による強制わいせつ事件に顕著であるように、「エリート大学の学生」が関わっている事件というのは、「エリート大学」の名前を利用した組織的なものが多いのが特徴です。

朝日新聞によると、今回の裁判で加害者は「女性をものとして扱ってしまった」「大学に入って他大学の女性と会うことが多くなった。彼女らは『自分より頭が悪い』と考えるようになり、相手の気持ちが考えられなくなった」と述べています。

加害者は自身がエリートだという自覚があったのでしょう。そして、「エリート大学」という自らの特権をどう利用すべきかを狡猾に考えていたのではないでしょうか。

「エリート男子学生」であることを利用した犯罪

「エリート男子学生」という特権について分解して考えてみましょう。

日本は表面的には男女平等とされながらも、結婚が可能になる年齢が男女で違う、強姦罪対策の遅れ、結婚による改性の事実上の強制、就職差別、職場での昇進の遅れ、男女賃金格差、圧倒的な非正規雇用率など、女性であることが生きる上で不利益につながる、男性優位、男性本位の社会、男性であることを前提にデザインされている社会です。

このような社会では男性であるというだけで「マジョリティ側」つまり既得権益側にいることになります。

その上で、「エリート大学の学生」という記号は、さらなる特権となります。

「エリート大学の学生」という記号から、私たちは「お金持ち」「勉強ができる」「将来は良い就職をする」「将来は出世する」ということを連想します。

それだけ「エリート大学」という記号は、彼らが所属する(であろう)社会階層上位という特権のチラ見せにもなり得るのです。

社会階層上位というのは、社会・文化資本、経済資本を独占する既得権益です。

社会階層上位の人々が長年かけて蓄えてきた文化・経済資本へのアクセスが生まれたときから約束されていた子どもたち、あるいは自分たちの努力によりその既得権益層の資本へのアクセスを得たのが「エリート大学の学生」なのです。

そして、大学ランク別・男女別の収入では、エリート大学出身者であっても男女の賃金格差がみられ女子学生には同じような既得権益・特権がありません。

「エリート大学学生であり、かつ男性」であるということは、それだけ社会階層上位の「既得権益」「特権」をほしいままに利用し、それにより守られている立場にいるということなのです。

人はエリートの持つ特権や既得権益に惹かれ、そこに入りたいと望みます。

今回の事件の「エリート男子学生」は、多くの女子大生が彼らの特権、既得権益に惹かれることを十分に想定した上で、「東大生・女子大生の交流サークル」のようなものを作り、「エリート大学」の特権・既得権益に惹かれて入ってきた女性を「尻軽」「やりまん」などと言ってだまし討ちにし、暴行を加えたのです。

これは「いたずら」で済ませられるようなものではありません。彼らは社会階層上部の特権・既得権益を最大限に利用し、女性に暴行を加えた卑劣で狡猾な犯罪者なのです。

このような事件は後を絶ちませんが、日本のエリート大学が率先して状況を改善しようというような動きは全く見られません。

アメリカのブロック・ターナーの事件では「(大学生ならよくある)大した事件ではない」「本当は真面目ないい子」というような、性犯罪を許容してしまう社会の雰囲気が、罪を軽くしてしまったようなものです。

松見被告たちが行ったことに対して「本当は真面目」「強姦したわけではないし」などと、今回の事件を矮小化するようなことにならなければ良いと願います。

ネットではすでに、被害者女性のことを「なんでのこのこついていったのか」とバッシングするようなコメントも見られますし、松見被告について「むしろ逆恨みされた被害者」というコメントも見られます。

日本にせよアメリカにせよ、エリート男子学生による性的暴行事件が後を絶たないことを考えると、「大したことない」「本当はいい子なんだから」「男の子だから」「ついて行った女性も悪い」という社会の、大学内の雰囲気こそが、こうした事件の背景だと言わざるをえません。

古谷有希子

ジョージメイソン大学社会学研究科 博士課程。東京大学社会科学研究所 客員研究員。

大学院修了後、ビジネスコーチとして日本でマネジメントコンサルティングに従事したのち、渡米。

公共政策大学院、シンクタンクでのインターンなどを経て、現在は日本・アメリカで高校生・若者の就職問題の研究に従事する傍ら、NPOへのアドバイザリーも行う。社会政策、教育政策、教育のグローバリゼーションを専門とする。

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