ーー1998年、あなたは何をしていましたか?

「バリバリ仕事をしていた」「受験勉強の真っ最中だった」「まだ母親のおなかの中にいた」…。それぞれの世代の記憶を持ち寄って語り合うとき、共通して盛り上がれる話題としてたいへん便利なのが音楽だ。

1998年に生まれた人は今年で満18歳。同年に音楽業界でメジャーデビューという産声をあげ、そして瞬く間に名声を得た日本を代表する女性アーティストの登場からも同じ時間が経った。

今回紹介するのは、アイドル史における「華の82年組」になぞらえて呼ばれる「奇跡の98年組」。今年1月15日に刊行された音楽ジャーナリスト宇野維正氏による『1998年の宇多田ヒカル』にて言及されたアーティストを辿りつつ、当時のMVと共に振り返っていこう。

あの時、あの曲。

#12「CDが最も売れた1998年に登場した“5人の歌姫”それぞれのデビュー曲」

98年のCD売り上げ総数はなんと4億5717万枚、総売り上げは5878億7800万円。もはや数字が大きすぎて凄さがいまいちピンとこないほどだ。その総数のうち、ミリオンセラーのシングルが14作、アルバムは25作という完全たるCD絶頂期を迎えていた。

そんな時分にデビューした女性アーティストたち。90年代前中期のタイアッププロデューサーの名前が前面に出ていた時代からの脱却、その象徴ともいえる5人を見ていこう。

1.「Automatic / 宇多田ヒカル」

“It's automatic 抱きしめられると 君とparadiseにいるみたい キラキラまぶしくて 目をつぶるとすぐ I feel so good It's automatic”

出典宇多田ヒカル『Automatic』

1998年12月9日にリリースされた説明不要の宇多田ヒカル1stシングル。「time will tell」との両A面シングルで、ギリギリまでどちらをプッシュするか悩んでいたが、「time will tell」は夏の歌、『Automatic』が冬の歌、という認識があったため「冬にリリースするなら」という理由で『Automatic』を選んだそうだ。

宇多田ヒカルは当時15歳ながら大人びた雰囲気を持ち、作詞・作曲をハイクオリティにこなす天才帰国子女としてFMラジオや外資系CDショップから火が付きブレイク。特徴的な歌い方やミュージックビデオの中腰で歌う姿などを真似する人が続出した。

出典 YouTube

2.「椎名林檎 / 幸福論」

“時の流れと空の色に 何も望みはしない様に 素直で泣いて笑う君にエナジイを燃やすだけなのです”

出典椎名林檎『幸福論』

1998年5月27日発売の椎名林檎のデビューシングル。椎名が当時交際していた男性について書いた曲で、今後について悩んでいた心境を歌詞にしている。彼女はこのデビュー曲以降、鋭さを持つ声質や独特の言語感覚変わり者としての印象を強烈に植えつけていく。そういったパブリックイメージからモノマネ番組では「看護士の格好で巻き舌に歌い、最後に白目をむく」この形がお決まりになっていた。

幼少期からあらゆるジャンルの音楽を取り込み、ロックからジャズ、R&Bまで作曲家として作風を限定しない柔軟な楽曲制作ができる器用さを持ち、そのどれもが紛れもなく“椎名林檎っぽさ”を帯びている。その“林檎っぽさ”を失わないことが現在も幅広い年代の支持に繋がっている理由といえるだろう。

出典 YouTube

椎名林檎と宇多田ヒカルは同じ98年に同じ東芝EMIからのデビューということで親交が深く、1999年10月8日に行われた赤坂BLITZの東芝EMIの新人発表イベントで、一夜限りのスペシャルユニット『東芝EMIガールズ』として飛び入り出演したことは伝説になっている。

そんな二人が2016年にして初のコラボ。宇多田ヒカル8年ぶりのアルバム「Fantôme」において「二時間だけのバカンス featuring椎名林檎」の収録を発表し、ファンはもちろん、本人たち同士も待ち望んでいた最高の組み合わせに日本中が驚きと歓喜に沸いている。

出典 YouTube

アルバム「Fantôme」TVスポットはこちらからチェックできます。

3.「aiko / あした」

“もっと強く強く 夜明けのまぶしさを待って 暖めてあげるからそばにいて もしも罪を犯し 世界中敵にまわしても あなたと眠る夢を見続けていたい”

出典aiko『あした』

シンガーソングライターとして評価の高いaikoだが、1998年7月のメジャーデビューシングル『あした』は自身ではなく小森由実による作曲であった。2nd「ナキ・ムシ」でメジャー初自作曲でミディアムバラードをリリース。3rdシングル「花火」で初めてオリコンTOP10入りを果たし、世間に広く知られるようになった。

4th「カブトムシ」のヒットでメディア露出が増えた際に見せた、関西人らしい自然体で親しみやすい人柄もあって、男女どちらにも偏らない人気を得る。音楽理論の型にはまらない自由なソングライティングが魅力で、ミュージシャンや音楽マニアからの支持も高い。

椎名林檎とは95年5月に開催された音楽コンテスト「TEENS' MUSIC FESTIVAL」で知り合い、96年10月「The 5th MUSIC QUEST JAPAN FINAL」で共に優秀賞を受賞した頃から親交がある。一昨年放送のミュージックステーションでも「aiko姐さん」と呼び、一緒にプリクラを撮った話をするなど仲睦まじい様子が見られた。

出典 YouTube

4.「MISIA / つつみ込むように…」

“恋人と呼びあえる時間の中で 特別な言葉をいくつ話そう 夢に花 花に風 君には愛を そして孤独を 包み込むように”

出典MISIA『つつみ込むように…』

1998年2月21日に堂々のデビューを果たしたMISIA。幼少期からゴスペルに親しみ、5オクターブの音域を持つ圧倒的な歌唱力でジャパニーズR&Bの先駆者として注目を集めた。今改めて視聴しても、ミュージックビデオでドレッドヘアーを揺らし、ソウルフルに熱唱するMISIAとR&Bダンスからはごまかしのない本場感が伝わってくる。

彼女は、後に発表された「Everything」や「逢いたくていま」のヒットでバラードの女王とも呼ばれるようになり、日本のみならず海外でも高い評価を得ている。社会貢献にも意欲的で、音楽とアートの持つ力を信じ活動するその姿勢と実行力は、ミュージシャンという意味合いでは片づけられない「アーティスト」MISIAとしての存在感を感じさせる。

出典 YouTube

5.「浜崎あゆみ / poker face」

“いつだって泣く位簡単だけど 笑っていたい 強がってたら優しささえ 忘れちゃうから素直になりたい”

出典浜崎あゆみ『poker face』

モデルや女優の芸能活動を経て、1998年4月8日に「浜崎あゆみ」としてリリースされた1stシングル。デビューからすべての楽曲の作詞をし、彼女自身の境遇やそれに伴う心情を歌詞に込めるスタイルで、初期は特に「共感」をキーワードに同年代の女性や女子高生たちの不安・迷い・葛藤を代弁するカリスマとして人気を集めた。

特徴的な声やハッキリした目鼻立ちでCMキャラクターとしても活躍し、ネイルアートや大きなサングラス、豹柄ファッションなど数々の流行を生み出したことは周知の通りだ。

出典 YouTube

この90年代後期は、CDの8cmシングルから12cmシングルへの過渡期でもあり、音楽性以外にもジャケットやMV制作に関しても表現手法の変化が感じられる。音楽表現を軸にした総合的なプロモーションと言う意味でひとつのターニングポイントを迎えたことにも注目すべきだろう。

今回は女性アーティストを紹介したが、98年には他にもくるりが「東京」で、キリンジが「双子座グラフィティ」、ゆらゆら帝国は「発光体」でメジャーデビューシングルをリリースしている。いずれも現在の日本音楽シーンの良心と呼ばれるような音楽家が世に羽ばたいた年だったのだ。

華の82年組」から16年後に誕生した「奇跡の98年組」。先の世代の音楽に影響を受けた少年少女が成長して音楽家として大成し、そしてまた次の世代が彼らの音を浴びて育っていく。そういった音楽の流れを感じながら、新たな黄金時代の到来に想いを馳せてみるのも面白いのではないだろうか。

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