記事提供:幻冬舎plus

「これだけ練習しているから、オリンピックを狙える」ではなく、「オリンピックに行くために、この厳しい練習をしている」という考え方が重要。五輪で数多のメダルをもたらした競泳日本代表ヘッドコーチ・平井伯昌が教える、夢を叶えるためのコーチング。

プロセスは変えても、目標は変えるな

最終的な目標へのこだわりは、大切にしなければならない。選手を指導していて、いちばん難しいところはどこかといえば、目標への意識を高めるところである。ふつうは記録だけが先行していることが多く、記録では同じレベルの選手がいても、意識のレベルがまったく違っているのだ。

かりに最終目標が違っていて実力が同じだとすると、目標の高い人のほうが努力もするし、現状に甘んじないという強さを持っている。中には勘違いしている選手も多いのだが、そもそもオリンピックは、練習をしていれば行けるというものではない。

階段を一段一段昇った先に、オリンピックという舞台が待っているわけではないのだ。「これだけ練習しているんだから、オリンピックを狙える」と考えながらやっているのか、「オリンピックに行くために、この厳しい練習をしている」と考えるのか。この二人には雲泥の差がある。

私は康介に対して、最初からオリンピックをめざすための、全部がプロセスなんだという指導をした。だから高校の試合も、日本選手権も、アジア競技大会も、すべてがオリンピックのための練習というふうに位置づけたのである。

つまり、練習を積み上げたプロセスの先にオリンピックを設定したのではない。オリンピックという最終目標から逆算して、後ろのほうから練習計画を決めて追いこんでいった。あくまでもオリンピックという目標があって、そのためにどんな経験を積み、どんな練習を重ねなければならないか。そういう発想をしたのである。

当時は「長期目標」と「短期目標」としていたが、長期的な目標というのが最終目標であり、オリンピックであった。長期目標のために、今年度の短期目標や来年度の短期目標を決め、強化計画をこなしていった。

康介が強くなってからも目標を見失わず迷わなかったのは、オリンピックのために必要な条件を満たすように努力したからだ。四年後のために、今年はこれをクリアしておこう、来年はこれを押さえておこう、というように課題をひとつずつ埋めて、オリンピックという高い目標に向かっていったのだ。

その途中のプロセスで、この練習方法が合っているのかいないのか、わかってくるときがある。もし自分が間違っていたとわかったら、潔く方向転換する勇気も必要だ。人間の成長が止まるのは、自分のこだわりを捨てられなくなったり、自分の方法論が固定化してしまうときである。

たとえばチョモランマ(エベレスト)にしても、さまざまな登山ルートがある。アタックするときに、選んだルートが雪崩なだれで行き止まりだったら、もう一回戻って新たなルートを探して登ればいい。ところが、自分のやり方に固執する人は、

「雪崩が起きたから、頂上まで行けなかった」

という言い訳をして諦めてしまう。そうした人は、目標よりもプロセスへのこだわりのほうが強い。ひとつの登山ルートを開発したら、そのルートしか登れなくなってしまうのだ。

しかし、私たちがめざすべきは最終目標である。たとえ、途中のプロセスを変更するにしても、目標さえしっかり見えていれば、何も惑わされることはないのだ。

プレッシャーを味方につけろ

私も康介も、血液型はB型である。信じるか信じないかは別として、いわゆる血液型占いによれば、B型は「マイペースで行動的な自由人」であり、「物事のマイナス面よりプラス面を重視して、つねに前へ前へと進んでいく」というタイプであるようだ。

そのせいかどうかわからないが、あまり余計なプレッシャーを感じないタイプである。
自分の気持ちとして、「金メダルを獲りたい」と思って練習するのと、「もしかしたら獲れないかもしれない」と思いながらやるのとでは、プレッシャーの感じ方も違うのではないだろうか。

私も康介も、獲れないかもしれないのに「獲ります」とは言っていない。「獲る」と言ったら「獲るしかない」と思っている。B型的な大言壮語と言われるかもしれないが、自分たちの気持ちの中に噓はないのだ。

中には「獲れればいいな」くらいに考えている人が、その場の勢いで「絶対、獲ります」などと言ってしまうこともある。そんなときに、気持ちと言葉にギャップが生まれ、それがプレッシャーの種となって、次第に大きく育ってしまうのではないだろうか。

私や康介のように、最初からその種がなければ、プレッシャーも必要以上に巨大化はしないはずである。金メダルにしても、現状の把握とか、課題の克服をしていったときに、最大可能な目標の範囲内にあるのかどうか、それをしっかり見据えた発言なのかどうかが問題なのである。

少なくても、私も康介も世界記録と金メダルに関しては、「行ける範囲だろう」という読みも自信もあった。だから、プレッシャーをなるべく持たないようにするには、きちんと自分の実力を把握しておくことである。

『孫子』の兵法に「彼かれを知り己おのれを知らば百戦して殆あやうからず」という言葉がある。そのためには、トレーニングをしたり、練習をしていった先に、金メダルが可能な範囲内にあるのかどうか、冷静に判断してみることが必要だ。

その可能性が、自分の気持ちとほぼ近ければ、それほど大きなプレッシャーを感じることもないし、自分に負けてしまうこともない。むしろ、プレッシャーのほうが味方についてくれるのではないだろうか。

日本人のプライドをもて

日本人がもともともっている勤勉さや研究熱心さを、もう一度見直してみてはどうだろうか、と思うことがある。

日本人の産業構造を振り返ってみると、外国に比べるとオリジナリティは少ないにしても、諸外国のものを取り入れて自分のものにし、新たなものを作り出すという能力には優れていた。それにプラス勤勉さが、日本の屋台骨をずっと支えてきたと言えるだろう。

水泳界もほぼ同じような構造を持っている。もともと水泳は、どちらかといえば単調なスポーツである。日本の伝統とかやり方に頼っているだけでは、やがて限界がくる。

オリンピックや世界選手権などに行ったとき、コーチとしては必死になって情報収集し、外国選手のいいところを吸収する気持ちで、どんどん外から刺激を持って帰ろうとしないかぎり、もう日本人は勝てなくなるのではないかと思うのだ。

そんなことを考えているときに出会ったのが、司馬遼太郎の『坂の上の雲』という長編歴史小説だった。この小説の中に、正岡子規と秋山真さね之ゆきが会話するシーンが出てくる。

秋山真之は、ロシアのバルチック艦隊に対する迎撃作戦を立案し、日本海海戦を勝利にみちびいた人物だが、その秋山がロンドンに軍艦の買いつけに行って帰ってきたときのこと。「残念ながら、軍艦は小艦艇はのぞいてみな外国製だ」と嘆いた秋山に対して、子規は、「なあに、それでええぞな」と言うのだ。

たとえ「英国の軍艦を買い、ドイツの大砲を買おうとも、その運用が日本人の手でおこなわれ、その運用によって勝てば、その勝利はぜんぶ日本人のものじゃ」と言うのである。(『坂の上の雲』文春文庫)

このシーンが、印象的だった。たとえば、日本の選手が外国に行ってコーチを受けたり、外国式のやり方を学んでくる。それはロシア式であったりアメリカ式であったりするが、正岡子規風に言えば、運用するのが、日本人だったら、それは日本式だと思う。

今後は日本人の独自性を活かし、海外からいろいろなものを積極的に吸収していくべきだろう。そして、最終的に日本人独自の勤勉さや研究熱心さで、それをアレンジし、よりいいものにつくりあげていくという、日本人の得意なことをすればいいと思うのだ。

それが日本人としてのプライドであり、日本式ということなのではないか。「それでええぞな」の精神を大切にしたい。

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