記事提供:テレビPABLO

出典『テレパル』第18号・東版

1987年9月5日のテレビ欄。

地上デジタル放送化に伴い、テレビ番組表というものから遠ざかってしまった人もきっと数多いだろう。

WEBメディア『テレビPABLO』では、そんな大人のためにかつての番組表を紐解きながらタイムトリップをお届けしたい。

ウン年前の今日、夢中になって観ていたテレビは何だったのか?テレビ情報誌『テレパル』(小学館刊)の番組表と共に、当時の世相を振り返ってみよう――今日は1987年9月5日にタイムスリップ。

今から29年前。1987年は前年から株や土地の価格が急速に上昇していく“バブル景気”その上り坂にあった。世の中は高級品志向に向かい、メディアは“消費文化”を後押しした。

誰もが右肩上がりの未来を描いていた時期…今週はそんな1987(昭和62)年を旅する。1987年の今日、9月5日の『テレパル』番組表を見ると、2016年の現在でも放送中のタイトルがあった。

TBS22時『世界・ふしぎ発見!』だ。1986年4月に番組がスタートした当初は土曜22時の放送だった。現在の土曜21時になるのは、この年の10月からである。

『世界・ふしぎ発見!』は、“ミステリーハンター”と呼ばれるレポーターが世界各地に取材し、そのVTRからクイズが出題され、スタジオの解答者が答えるという形式の教養クイズ番組。

1986年の番組開始以来2016年の現在に至るまで、司会の草野仁と解答者の黒柳徹子は不動の存在だ。

1987年9月5日『世界・ふしぎ発見!』(TBS)/クイズの内容を漏らすな!黒柳対策は『テレパル』の誌面にまで影響していた

『テレパル』1987年第18号・東版の表紙。

出典『テレパル』第18号・東版

『世界・ふしぎ発見!』(TBS)/1987年9月5日のテレビ欄。

番組開始当初、解答者席には黒柳徹子、板東英二、和田アキ子、野々村真+ゲストというのが基本形だった。

1987年には、準レギュラーという位置づけで浅野ゆう子、中尾ミエ、秋野暢子、井上順のほか、池田満寿夫、羽仁進、吉村作治ら文化人もよく出ていた。

初代のミステリーハンターは、女優の黒田福美。

1985年に特撮戦隊ものの『電撃戦隊チェンジマン』で「女王アハメス」を演じ、悪役ながら人気者キャラクターとなった黒田福美は、「ミステリーハンター」で海外での経験をつむと同時に視聴者への認知度も高め、女優として活躍の幅をひろげていった。

ほぼ毎回和服姿の黒柳徹子の素晴らしすぎる正答率、野々村真の珍解答はお約束。特に黒柳徹子のこの番組に取り組む真剣度は、我々『テレパル』のTBS担当記者にも伝わっていた。

『世界・ふしぎ発見!』をバラエティー番組としてではなくドキュメンタリー番組ととらえていた『テレパル』は、当時のジャンル別番組紹介欄では「科学・教養」のカテゴリーで『世界・ふしぎ発見』を紹介していた。

その記事を書く際には、番組制作会社である「テレビマンユニオン」から収録前の番組内容をまとめたA4用紙1枚の資料を入手し、必要な部分は直接電話で取材していた。

その時によく言われたのは、「あまり細かく書かないでください」「これはお教えしますが記事にはしないでください」という言葉。

「どうしてですか?」と聴くと、決まって電話口なのに小声で「黒柳さん対策ですよ。あの方、事前によく勉強されているんですが、テレビ誌までチェックしているみたいなので…」。

番組制作側としても「番組紹介記事は書いてほしい、でも黒柳さんには知られたくない」ということで、収録前の回の情報は表に出せず、スタジオ収録が終わっているもので掲載の間に合うときにだけ、記事にできたというわけだ。

スタジオのセットや、出演者の顔ぶれ、「ひとしくん」など、30年という長い間に少しずつ変化を見せてきた番組だが、真剣に取り組む黒柳徹子の姿だけは変わらない。それが、番組の魅力の一つであり、長寿の秘密の一つでもあるのだ。

コラムニスト

ISプレス

1982年、『テレパル』創刊準備のために編成された、テレビ局専門取材チーム。各テレビ局ごとに担当がいて、毎日テレビ局の広報や宣伝部を拠点に局内を徘徊、情報収集。その情報を元にテレパルの特集や番組表や番組紹介記事を制作していた。「その日に仕入れた情報はその日のうちに処理する」ことが宿命だったため事務所は“不夜城”となっていた。名刺に使われている「IS」の緑のロゴは、メタリックでキラキラしていて、テレビ局員の印象に残っている。

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス