今の日本は、失敗に厳しい。そう感じる人がかなり増えてきているのではないだろうか。一つ問題が起きた時、目の前の論点だけでなく、いつからかその矛先はそれまでの人生すべてに向かうようになった。

それを見た周囲は、さらに明日は我が身と震えあがる。その繰り返しで、気づけば今の日本人はいつも等しい恐怖に包まれるようになった。厳しい生存競争の中でみんな、絶対に「負けられなくなっている」のだ。

しかし音楽は時に、そんな人の弱さを、根底からひっくり返すことがある。

今から17年前に生まれ、今なお多くの人に愛されている大ヒット曲『LOVEマシーン』。とびきり明るい“日本の未来”が生まれたのは、実はアイドルたちのこれ以上ない「負け」の記憶からだった。

あの時、あの曲。

#13「LOVEマシーン / モーニング娘。」

そもそもアイドルグループ・モーニング娘。がオーディションの落選者により結成されたことは有名な話だ。彼女たちはその後、課せられたCD5万枚の手売りを達成し、1998年1月に1stシングル「モーニングコーヒー」で念願のメジャーデビューをつかみ取る。

しかしここからがグループにとっては本当の波乱だった。1998年12月、宇多田ヒカルがデビュー。当時15歳のシンガーソングライターは1stシングル「Automatic/time will tell」で、いきなりミリオンセールスを記録する。

その登場は前年まで破竹の勢いだった音楽プロデューサー・小室哲哉に「ヒカルちゃんが僕を終わらせた」と言わせるほど、衝撃的なものだった。そしてそれは2ndシングル「サマーナイトタウン」や3rdシングル「抱いてHOLD ON ME!」でやっと知名度を獲得したばかりのモーニング娘。にも影響を与えた。

「サマーナイトタウン」とか「抱いて!HOLD ON ME」の頃はちょうどスパイス・ガールズみたいなのが世間的にも流行ってた時代で、ちょっと軽めのポップスみたいな、ダンスミュージックみたいなのを意識して作ってたのが・・・急に日本で宇多田ヒカルがボーンと売れてきて、なんか本格派R&B・・・まぁ、R&Bって言葉が流行り始めてね。

出典つんく♂(NHK-FM「ヒャダインのガルポプ!」2013年10月18日)

「負けてられへんな」みたいな気持ちがあって

出典つんく♂(NHK-FM「ヒャダインのガルポプ!」2013年10月18日)

アメリカ育ちの一人の少女が全てを変え始めていた1999年2月、モーニング娘。は同年初のシングル「Memory 青春の光」を発表する。楽曲はプロデューサーのつんく♂自らアメリカ・ニューヨークまで出向き、一流のミュージシャンたちが参加して録音された、まさに本格的なR&Bだった。

出典 YouTube

つんく♂はこの時、楽曲を「代表作にしたい」とまで考えて制作に取り組んでいた。だからこそメンバーも、求められるレベルの高さを必死に乗り越えようとしていた。

しかし厳しい音楽の世界で、現実は想像とズレる。

モーニング娘。4thシングル「Memory 青春の光」、累計売上41万枚。翌週に発売された宇多田ヒカル2ndシングル「Movin' on without you」、累計売上121万枚。同じサウンドジャンルへの挑戦で、評価はモーニング娘。にはっきりと「負け」を示していた。

さらにわずか5か月後の1999年7月。初期のグループの柱だった福田明日香が抜けてからまだ間もない時期、モーニング娘。はもう1つの勝負を迎えようとしていた。

新曲の発売が当時勢いを増していたアイドル歌手の鈴木あみと同日だったことから、両者が出演していた人気番組「ASAYAN」で、シングル売り上げ対決が企画された。モーニング娘。が出してきたのは6thシングル「ふるさと」。

出典 YouTube

デビュー直後の目新しい時期が過ぎ、だんだんとCD売上が落ちてきていたモーニング娘。にとって、これは絶対に失敗できない戦いだった。何よりも置かれている状況を一番認識していたのは当のメンバーたちで、特にフィーチャーされる形となったエースの安倍なつみは、常に大きなプレッシャーと葛藤に晒されながら臨むこととなった。

そして結果は、鈴木あみ7thシングル「BE TOGETHER」、オリコン初登場1位。モーニング娘。6thシングル「ふるさと」、オリコン初登場5位

その結果はグループにとってそれまでで最大の「負け」を意味していた。

「ふるさと」の時点で、ちらほらと“モーニング娘。、もう終わりじゃないの?”と言われているのが聞こえてきたりしてて

出典中澤裕子(ソニーマガジンズ「モーニング娘。×つんく♂」)

プレッシャーはすごかったです。しかも、負けちゃって。悔しかったですね、ホントに悔しかった

出典安倍なつみ(ソニーマガジンズ「モーニング娘。×つんく♂」)

しかしモーニング娘。にとって、二度の痛烈な敗北に耐えたことこそが、結果的に“明るい未来”の始まりとなる。

「Memory 青春の光」でアメリカの制作環境に触れたプロデューサー・つんく♂は、本場の音と、日本で鳴らすべき音の違いを、身をもって冷静に把握していた。そしてスローバラードの「ふるさと」における反動は、不景気の続く当時の日本社会を無意識に取り込んだ、明るいメッセージの発想へと繋がった。

世の中暗かったし、僕自身もプライベートがいい感じじゃなかった。

でも、こっちの気持ちもお構いなしで楽しそうにくっちゃべってるモーニング娘。の雰囲気をお茶の間に届けられる曲を出したいと思いました。

出典つんく(朝日新聞 2016年6月4日)

「次にヒットを出さないと解散もあるから」。スタッフにそう言い渡されてから間もなく、モーニング娘。は7thシングル『LOVEマシーン』をリリースする。

出典 YouTube

メンバーもスタッフも、『売れなきゃ!』という必死な思いで、一丸になっていた

出典中澤裕子(朝日新聞 2016年6月4日)

オリコン初登場1位、累計売上164万枚。それは「負け」で終わらせなかった人々が、まさに未来を作った瞬間だった

あんたの笑顔は 世界がうらやむ

夢があるんじゃないか!

出典モーニング娘。「LOVEマシーン」

そしてあれから17年、時代が21世紀を迎えた今も、テレビやラジオからは頻繁に『LOVEマシーン』が流れている。

数年前にドリームモーニング娘。の名で全国ツアーを成功させている卒業生たちはもちろん、現役の後輩たちも、近年また活躍が目覚ましい。一時期の停滞を抜けてフォーメーションダンスで“再ブレイク”を起こした彼女たちは現在、「モーニング娘。'16」として多くの歌番組に出演している。

そしてそんな後輩たちは今でも新曲のリリースやテレビ出演時に、必ず卒業生と連絡を取るという。年代は違っても、今なお全員がずっと続く「モーニング娘。の未来」なのだ。

人は誰しも、できるなら負けたくない。だけど懸命に生きれば、負けることもある。だけどそんな世で、音楽は時に弱さをひっくり返してくれる。

今も聴こえる『LOVEマシーン』の歌声は、そんな人の強さと離さぬべき希望を、忘れかけた日本の未来に届けているのかもしれない。

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Spotlight編集部 小娘 このユーザーの他の記事を見る

1983年生まれのフリーライター。アイドルと音楽と歴史が好きです。デビューから応援しているアイドルの再評価をきっかけに、新規 / ライトファンを意識したエンタメ記事を日々研究しています。

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