記事提供:幻冬舎plus

リオ五輪で日本競泳チームに数々のメダルをもたらした競泳日本代表ヘッドコーチ平井伯昌の著書『見抜く力 夢を叶えるコーチング』。最初から諦めてしまう人間や本気を出さない人間、まずは選手の人間性を見抜くことから指導は始まる。

指導の前に、まず選手の特性を見抜く

泳ぎには、選手の性格が出る。ムラ気があったり、諦めが早かったり、気が弱かったりする性格的な部分が、ちゃんと泳ぎに現れてくるのだ。

特性には「身体的特性」と「精神的特性」があるが、それぞれの選手の泳ぎを見ながら、精神的な特性を知って対処法を練ることもコーチの仕事である。

練習のいちばんハードな場面になったとき

「チャレンジしているのか」

「それなりにながしてやっているのか」

「究めるところまで達しているのか」

泳ぎ以外の心の動きまで見とおさなければならないと思っている。

たとえば試合で緊張して、プレッシャーに負けてしまう選手は、同じように練習でも本人の中であるレベルを超えると諦めてしまうタイプが多い。

あくまでもチャレンジしていって、それで結果がダメなら仕方ないと思うのだが、最初から諦めてしまう選手や、スタートから手加減してくる選手がいるのだ。

したがって、試合のためのメンタルトレーニングは、すでに練習のときから始まっている。四〇分から五〇分というメイン練習をしているときに、選手の中で常に心の葛藤があるのだ。

選手が抱えている課題は、練習の中で解決していかない限り、試合でも解決はできない。練習と試合の傾向は、いわば相似形ともいえる。

ただし康介のように、全力を出すことが当たり前にできる選手の場合は、メインの練習量はできるだけ少なめにしている。練習で頑張りすぎるタイプには「これ以上、頑張っちゃいけない」と私のほうから止めることもある。

反対に、礼子や春佳のようなタイプは、近くにいて常に叱咤激励してくれる存在がいないと、頑張れない。こうした選手には、制限記録をつくって、それをクリアできるまで何度でもやり直しをさせる。

その他にも、選手によって、一本一本の泳ぎの記録を点数化して、合格点を超えなければ終わりにはさせない、という方法をとることもある。選手の特性を見抜き、それに合わせた練習方法を選択している。

同じことを康介にやらせたら、最初の一本を頑張りすぎて、次はゼロ点の泳ぎしかできなくなる。康介は、じわじわ頑張るのがあまり得意ではない。集中して、瞬発力で一気にガッと力を出すタイプなのだ。

見抜こうとしているのは、指導者だけではない。選手もこちらの心を見抜こうとしているのだ。私は康介の心を読みながらコーチしているが、じつは康介のほうも私が何をしたがっているか読んでくる。

「コーチはいま何を考えているか」それを感じ取ろうとしてくるのだ。そんな気持ちの読みあいがあるから「いまは話しかけられたくないだろうな」と感じたら、お互いに黙っている。他のチームの人から見たら、おかしな人間関係にみえるかもしれない。

選手の特性を知る努力もするが、コーチの特性も知ってもらいたい。できれば、お互いにわかりやすい人間でありたいというのが本音である。

成績より、人間を見よ

水泳選手にも、さまざまなタイプの人間がいる。国体や国際大会といった公式試合に出場する選手の中にさえ、挨拶がいいかげんだったり、人に対してきちんとしたお礼が言えないような選手がいる。

またプールの中でも、思ったような記録が出なくて、タッチ板を殴りつけた選手もいるし、練習中に波があって泳ぎにくいとか、他の選手の手が当たったから泳げなかったなどと、自分の成績が伸びないのを環境のせいにしたり、人のせいにしたりする選手もいる。

そういう人間は、問題の本質から逃げることになれているので、結果伸びない。

「じゃ、おまえは波をつくってないのか」

「おまえの波で困っている選手もいるぞ」

そう言ってやると、ふくれっ面をするだけで全く反省しない選手もいる。むろん、家庭環境や両親のしつけの問題もあるだろう。だが、水泳競技の場においては、コーチの責任も大きいのではないかと思っている。

私がまだ駆け出しのコーチであった頃のこと。日本水泳連盟の名誉会長である古橋廣之進氏が、選手に対して事あるごとに「挨拶、言動、礼儀」について苦言を呈しているのを耳にしていた。

ご存じの方も多いと思うが、古橋氏といえば、戦後の水泳界で次々と世界記録を打ち立て、「フジヤマのトビウオ」とも呼ばれた水泳界の重鎮である。

当時の私は、古橋氏の言葉を十分に理解していたとは言えないが、氏が選手たちに教えたかったのは「その競技のトップになるということは、成績がトップだというだけでなく、人間としてもトップをめざさなければいけない」ということだったのではないか、と気づいた。

私たちの周りを見ても、トレーナーやドクターなどのスタッフはもちろん、施設の管理者や遠征先でお世話になる人など、さまざまな方々の協力なしには練習も試合もできない。そうした人々への感謝や礼儀、挨拶を忘れてはならないと思う。

康介や礼子、春佳には、これまでもずっと「世の中には老若男女、いろんな方がいらっしゃる。その方々から認められるような人にならないと、一人前とはいえない」というアドバイスをしてきた。

トップスイマーをめざすには、そうした基本的な心構えが必要なのである。水泳を究めたり、何かを究めるということは、「人間力」を究めることでもあるのだ。

五輪は素質だけでは通用しない

「オリンピックに行ける選手とは、どんな選手なのか?」そんな質問を取材で受けることが多くなった。肉体的素質や泳ぎのセンスがあるに越したことはない。だが、それだけではオリンピックという大舞台には通用しないのだ。

事実、私が康介をコーチしはじめた頃は、ガリガリに痩せて体も硬かったし、泳ぎのセンスも飛びぬけていたわけではなかった。どちらかというと、泳ぎには向かない体だった。

ところが、一対一のときはもちろん、練習中に私が他の選手を指導しているときでも、ジーッと私の目を見つめて全身を耳にして聞いているのがわかった。「康介はものすごく吸収力がいいやつだな」そう思った。

オリンピックを狙うためには、肉体的にも精神的にも、さまざまな重圧に耐え、それを克服しなければならない。極限状態にも似た苦しさや、メダルをめざすプレッシャーにも耐えぬかなければならないのだ。

「もしかしたら康介なら、その重圧に耐え、みんなの期待を背負っていける強さがあるのではないか」康介の真剣な眼差しを見て、そう感じた。

最終的に必要になるのは、やはり「精神力」であることは間違いない。コーチとしての課題は、それをどうやって中学生だった康介や、小学生のときの春佳に伝えるか、どのように持っている強さを引き出すか、ということだった。

具体的なコーチングのコツは、褒めることだろう。コーチから評価されて嫌な気分になる選手はいない。泳ぎを見て、まず最初に「ここが良かったよ」と伝える。指導して改良されたポイント、記録が伸びたことを褒めるのだ。そのあと、「でもね」とつづける。

「こういうところを直していけば、もっと良くなるよ」と教えるのだ。「ここはダメだった」といった否定的な言葉は遣わない。

あくまでも肯定的に、「自分の弱点や悪い部分は、こうして直せばもっと伸びる」と、そこを指摘してやらなければいけない。その上で、どうやって直すか、その方法論を具体的な課題まで掘り下げてやると、選手も聞く耳を持ってくれるのだ。

選手は練習の中で試行錯誤を重ねながら、少しずつ成長していく。努力をして、新たな課題を発見し、それを克服することで自信をつけ、精神的な強さも身につける。小さな失敗と成功の積み重ねが、強い人間を育てていくのである。

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