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先ごろ開催されたリオ五輪で最も世界中の注目を集めた選手のひとりが、エチオピアのマラソン男子代表、フェイサ・リレサ選手。政治弾圧に抗議するポーズでマラソンのゴールを決め話題となり、亡命の可能性もささやかれています。

過去にも、オリンピックでは多くの選手たちが亡命をしてきました。その国の政治的な弾圧から逃れるための「亡命」。日本人はあまり関係ないと思いがちですが、実は約100年に渡って日本に大きな影響を与えてきた亡命者たちの集団がいました。

それは、1917年に起こったロシア革命からの亡命者。ロシア革命後、多くのロシア貴族やその関係者たちが日本にも亡命、避難してきました。そんな帝政ロシアゆかりの人々が日本に残した功績を紹介しましょう。

モロゾフ

チョコレートやプリン、チーズケーキなどの洋菓子で知られる製菓メーカー「モロゾフ」。

その始まりは、ロシア革命から逃れて日本に渡ってきたロシア人実業家フョードル・ドミトリエヴィチ・モロゾフが神戸で始めた洋菓子店「Confectionery F.MOROZOFF」に由来します。店舗開店当時、息子のヴァレンティンも菓子職人として働いていました。

ヴァレンティンは後に日本における高級チョコレート製造の先駆けとされる「コスモポリタン製菓」を設立したことでも知られています。

ゴンチャロフ

チョコレートや焼き菓子などの洋菓子の製造で知られる「ゴンチャロフ製菓」。ゴンチャロフ製菓は、ロシア・ロマノフ王朝の宮廷菓子職人であったマカロフ・ゴンチャロフが、革命後日本へ亡命したことでできた会社です。

ゴンチャロフ製菓は、1923年(大正12年)に中に詰め物をしてチョコレートでコーティングしたボンボン・ショコラを作り、大正時代に日本で初めてウイスキーボンボンを作った会社でもあります。

1934年(昭和9年)にマカロフ・ゴンチャロフ自身は退社しますが、その後会社は彼の精神を受け継ぎ“神戸発祥の高級チョコレートの老舗”としてさまざまな商品の開発、販売をしています。

タイトー

アーケードゲームで知られる「タイトー」。スペースインベーダーなどを生み出した会社として有名です。その創業者は、ユダヤ系ウクライナ人のミハエル・コーガン。革命の混乱を避けるため、満州のハルビンを経由して日本にやってきました。

戦後、1953年(昭和28年)に「太東貿易株式会社設立」を起こし、輸入雑貨類の販売、国内初のウオッカの醸造・販売などを開始。その後アミューズメント業界に進出していきます。

「太東」とは、極“東”と猶“太”人、すなわち“極東のユダヤ人”の意味。コーガンの出自を表した会社ということです。

ロシア革命がなければ、現在の日本にモロゾフはなく、ウイスキーボンボンも存在せず、インベーダーゲームも生まれなかったことになります。ロシア革命は現在も続く会社以外にも、様々な影響を日本に与えました。

戦前から戦後にかけて日本のプロ野球界で活躍した初の外国生まれの選手ヴィクトル・スタルヒンを生み出し、「日本バレエの母」とも呼ばれ、日本にバレエを根付かせた最初の人物エリアナ・パヴロワ(日本名:霧島エリ子)なども呼び寄せ、日本のスポーツ・芸術分野に寄与しました。

ちなみに2013年に亡くなった元横綱・大鵬の父親も亡命ロシア人です。ロシア革命がなければ、今の日本は少し違っていたのかもしれません。

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