言いたいことがあるから歌を作る」

アーティスト・槇原敬之は今まで制作した曲のほぼすべてを歌詞から先に考え、そこにメロディーを当てるスタイルでJ-POPシーンの一線を走り続けてきた。いわゆる「詞先」と呼ばれる制作方法だが、世の中のミュージシャンの多くはその逆の「曲先」であることが多い。

槇原から出る“伝えたい”という気持ちの強さは、自曲だけでなく他アーティストへの提供曲にも溢れている。そんな彼が売れっ子ミュージシャンの階段を上るその始めの頃、自身の境遇をもとに描いた曲があった。およそ四半世紀も前からあったとはとても信じがたい90年代の名曲だ。

あの時、あの曲。

#11「遠く遠く / 槇原敬之」

出典 https://www.amazon.co.jp

こちらより『遠く遠く』が視聴できます)

“遠く遠く離れていても 僕のことがわかるように 力いっぱい輝ける日を この街で迎えたい”

出典槇原敬之『遠く遠く』

上京した自分を心配してくれる故郷のみんなに、精一杯やった成果を見せることで安心させたい」という決意の歌詞がレゲエ調のバックトラックに乗っている。

広義的に「レゲエ」と呼ぶことのできるH Jungle with t「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント」がリリースされたのは95年、織田裕二「Love Somebody」が97年。この並びを見ても92年当時、レゲエはJ-POP的に珍しかったジャンルだったのではないだろうか。

デビューから2作連続で100位圏外…

1991年6月に発売された3rdシングル「どんなときも。」この曲で初めてチャートにランクインし、発売から約1カ月後には1位を獲得。最終的に約167万枚を売り上げ、槇原敬之は多くの人々に知られることとなった。続けてリリースされた「冬がはじまるよ」はサッポロビールのCMソングに起用され76万枚を売り上げた。

しかし家族はそのときまだ音楽活動をすることに納得していなかった
という。そして槇原本人も不安だった。そんな中、親や友達から心配される現状に答えを出す。

「逆に、心配されないためにどうすればいいか?自分は歌を作る人で、どこに住んでいてもラジオでは槇原敬之の歌が流れるそうすればちゃんとやっているな、と思ってもらえるそれができればいいんだ」と。そこで槇原は大好きな東京タワーに登り、2つの感情を抱く。

ここからだと、家は見えないぞ。しめしめ!」もうひとつは「僕はこんな場所に来てしまったんだ」。

都会の一番高いところでその両方の気持ちを確認した時に「今なら素直な気持ちで曲が書ける」と思ったそうだ。これが後の『遠く遠く』となる

“どんなに高いタワーからも 見えない僕のふるさと 失くしちゃダメなことをいつでも 胸に抱きしめているから”

出典槇原敬之『遠く遠く』

こうして同曲は、92年発売のアルバム「君は僕の宝物」に収録。意外にも、シングルとして発売されたわけではなかった。そうした背景には、歌詞が個人的な内容のため、他の人には好かれない曲だろうと考えていたことがあったのかもしれない。

今日に至るまで、シングルカットされることはなかった

とりわけ人気のあった『遠く遠く』だったが、ベストアルバム収録やセルフカバーはされども、今日に至るまでついにシングルカット版でリリースされることはなかった

そしてアルバム発表時から14年後の2006年、NTT東日本のテレビCMに起用される。美容師になるために上京して間もない女性を新垣結衣が演じ、『遠く遠く』の歌詞を軸にしたストーリー展開が反響を呼んだ。吉岡秀隆の「すべては、つながらない人をつくらないために。」というナレーションも温かみがあり、感動的だった。

このCM起用でこの曲を知ったという新たなファンも多く獲得し見送った側”そして“見送られた側”の両方の視点も描かれていたこともあり国民的なヒットソングとなった。

2013年5月度には有料音楽配信の着うた、着うたフル、PC配信の「レコード協会調べ 有料音楽配信認定」においてゴールド認定を受けたことも、時代の移り変わりに影響されない名曲の証といえるだろう。

先に書いた通り、槇原は「私小説的だから人気曲にならないだろう」と思っていたそうだが、決してそうはならなかった。著名アーティストのカバーや近年の歌番組でも演奏されることからも未だにニーズがあることは明らかだ。

それは彼の普遍的な価値観が、いつの時代であっても私たちそれぞれに投影できる曲を作り上げていたということだろう。

“誇りを持てるような 自分でいられるのは 正しい心であろうと 何かを信じながら 頑張ってる時だけ その時だけだから”

出典槇原敬之『理由』

こちらは、8月24日発売の最新シングル「理由」からの一節である。ブレイクのきっかけになった「どんなときも。」もそうだが、彼の作る自分を見つめ直す楽曲たちには共通したメッセージ性を感じる。槇原敬之という人物のブレない思考の根幹から枝葉を伸ばしていった数々の名曲たち。どれも細やかで気の利いた歌詞が、日常の隙間にスッと入り込んでくる。

『遠く遠く』発表から24年。今後も私たちのすぐそばで、彼のライフソングは時に肩をたたいて“失くしちゃダメなこと”を思い出させてくれることだろう。

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