ネットやテレビで話題のニュースに関して、編集部が独自の切り口で取材調査をする「ソコ行く!?ソレ聞く!?取材班」のコーナー。

一向に冷める気配のないSMAP解散騒動。今回は、騒動の中心にいる木村拓哉さんの人柄やエピソードについて、フリーアナウンサーとして活躍する長谷川豊さんにお話を伺いました。

新人アナウンサー時代の思い出

1999年の27時間テレビ。当時のフジの新人アナウンサーの初仕事は、番組最後の提供スポンサーの読み上げでした。ただ、いきなりの全国放送、しかも視聴率の高い番組ということで、僕含め同期3人はガチガチに緊張していて。

いよいよ出番直前になると、暗い舞台裏からたくさんのカメラと眩しいスターだらけの世界が見えるんですよ。あまりのプレッシャーにみんなで胸に手を当てて緊張を抑えようとしていると、番組のパーソナリティとして現場にいた木村拓哉さんがこっちを見て、クっと親指を立てながら

「大丈夫、大丈夫。大丈夫だから!」

そう言って励ましてくれたんです。

当時の木村拓哉と言えば、名だたるスターの中でもダントツの存在ですよ。「この人が声をかけてくれる世界に来たんだ」と思って自分の立場を認識したし、これから頑張ろうと思えましたね。

現場スタッフにも気配りができる稀有なタレント

木村さんは、本当にそういう現場への気配りをしてくれる人で。僕と仲の良いカメラマンも、ドラマの撮影でカメラを回していた時に、

「このカメラって、どれくらい重いんスか?」

と急に声をかけられたと話していました。

現場のカメラマンですよ?タレントは基本的にタレント同士でつるむものなのに、木村さんは音声さんとかカメラマンのところに来てくれる。

当時のドラマなんて、10キロもあるカメラを抱えて早朝からほぼ丸一日撮影とか、もう無茶苦茶な労働環境なワケですよ。それでグッタリしているところに木村さんがやってきて、カメラを持って

「うわ、マジ重いっスね!これ持ってあれだけ動けるなんて…ホント尊敬します」

こんな感じで話しかけてくれるんです。軽いひと言なんですけど、撮影に戻ると言う木村さんからカメラを渡された後、やっぱりそのカメラマンはまた全力でやれるんですよね。

カメラマンとか音声さんとかって、本当にすごい大変で。でも、現場のタレントからは相手にされないじゃないですか。ただ木村さんは、彼らに声をかけられる。これが木村拓哉がスターたる所以なんです。

ちなみに、実はジャニーズ事務所のタレントさんにはそういう気配りができる人が多くて、現場での評判がすごくいいです。事務所の教育がしっかりしているのかもしれません。

木村拓哉がジャニーズ残留を決めた理由

今回の騒動のきっかけになったのは、木村さんがSMAPの育ての親である(元マネージャーの)飯島さんを裏切ってジャニーズ残留を決めたことだと言われてますが、周りに気配りができる木村さんのことですから、

「自分たちを育ててくれたのは、飯島さん1人じゃない。SMAPのことを打ち出してくれる広報スタッフがいて、書類をまとめてくれる総務や経理スタッフがいて、ジャニーズ全体のサポートがあって俺たちはやれてるんだ」

そういう気持ちが人一倍強かったんだと思います。

もちろん飯島さんに恩義があることも理解できますので、今回「誰が悪いか」を議論するのは本当に不毛です。色んな人の色んな思いを考えたら、やむを得なかった。だからこそ、いま木村さん1人が悪者になっているのは悲しいですね。

木村さんのことを知っている人なら、みんなそう思ってると思います。

(長谷川豊)

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