TVのバラエティ番組というのは残酷なもの。ふと気がつくと「あれ?最近はあの人見かけないな」と思うタレントさんも多くいます。ふと気がついたらすっかりTVにでなくなっている…芸能界をやめてしまったのか、健康を損ねてしまったのか、干されてしまうなんて話もよく聞きます。けれど、実際はどうしてなのか私達が知る事はほとんどありません。

おネエタレントの山咲トオルさんも、そんな一人でした。一時期は毎日の様にTVで見かけていたのに、ふと気がついたら山咲さんの座っていたおネエタレントの席に、別の人がいる様になっていたのです。

先日放送されたテレビ朝日系バラエティ番組『しくじり先生 俺みたいになるな!!』の3時間スペシャルに山咲さん本人が出演し、その理由を語りました。

アイドルになりたくて高校卒業して上京

高校時代からその端正な顔立ちで人気があった山咲さん、他校から女生徒が見に来るほ度だったので、自分はアイドルに向いていると自信があったそうです。高校を卒業すると”歌って踊れるアイドル歌手”を目指して上京します。

実は実姉は、1986年、18歳の時に日本旅行の沖縄キャンペーンガールに選ばれて芸能界デビュー、現在も沖縄を中心にママさんタレントとして活躍している中沢初絵さん。

今でも仲良しの姉弟ですが、当時からとても仲が良かったようで、初江さんが日本航空の沖縄キャンペーンガールのオーディションに受かった時の事を、ブログでこんな風に語っています。

素人の私が、姉のメイクを施し、アパートから送り出したら、選出され、お見事、称号を頂きましたよ。感謝!!やった!p(^-^)q

私で言えば。まだまだ、若さだけが先走り。超器用貧乏、ダメな頃の中。

姉の成長が。唯一の、目標、支えでありました(助けあいすぎるから、ライバルでは無いのよね(笑))

出典 http://ameblo.jp

転身を決めたらトントン拍子に漫画家デビュー

山咲さんも、お姉さんの初絵さんに続いて夢を叶えたい!実はこの頃、アルバイトをしながらモデルクラブで仕事をしていました。とはいっても二ヶ月に1度程度しか仕事は来ません。カタログやカラオケビデオなどに出演しながら、オーディションを受けまくる日々でした。

しかし、オーディションを受けては落ちての繰り返し。24歳にまでに300以上のオーディションを受け、その全てに落ちるという状態。

そんな時、たまたま立ち寄ったコンビニで運命が激変する出来事があります。そこに置いてあったホラー雑誌を見て「これなら自分にも描けるのでは?」と思い、山咲さんはマンガ家への転身を考えたのです。

もともと大ファンで影響を受けたのは、楳図かずおさん。高校もデザイン学科に通っていた 山咲さんは、ホラー漫画を描き上げて出版社に持ち込みました。するとその場でOKが出て、なんと2週間後にホラー漫画家としてデビューしてしまいました。代表作は「戦慄!!タコ少女」(デビュー作「うろこ地獄」は「戦慄!!タコ少女」4巻に収録されています)

ホラー漫画なのに笑える、グロいのに可愛いという独自の作風は人気を呼び、デビュー半年後には表紙イラスト・巻頭カラーを担当。そして雑誌で「読者のお悩み相談のコーナー」を担当する事になり「私の顔を載せたら人気が出る」と提案し、山咲さんの顔写真入りのコーナーとして掲載されました。

おネエタレントとしてブレイク!

1997年から漫画家としてラジオ番組の人気レギュラーを持っていた山咲さん。「変わった漫画家」の存在に目をつけたTV業界からオファーがくるようになりました。そしてその時に出演したバラエティ番組「たけしの誰でもピカソ」で大ウケしたのを見た太田プロから「所属タレントにならないか」と声がかかったのです。

2001年頃に"オネエタレント"の先駆けとしてブレイク!バラエティ番組に引っ張りだことなります。最盛期の年間テレビ出演本数はなんと255本、最高貯金額は約6500万円!!「私のオアシス」などソロCDも2枚リリースと、順風満帆な芸能生活でした。

イメージが壊れるからやりたくない

そんな山咲さんが、突然TVから姿を消したのは一体どうしてなのでしょうか。本人曰く「自信過剰なめんどくさいやつ」だったからだと言います。TV業界から干されてしまうほどの自信過剰と面倒くささって、一体どんな状況なのでしょう?

それは太田プロから所属のオファーをもらった時から始まっていました。24歳で一度諦めた夢が31歳で叶うという場面ですが、それでも山咲さんは強いこだわりがありました。

所属の条件として「体力系・お涙ちょうだいNG。ヘアメイク・スタイリストは自分のセンスでやりたいのでいらない。肌の露出はNG。乳首が写るのもNG」を出し、それでOKならば所属すると交渉しました。

温泉番組に出ると「肌を出すのはイヤ」など現場が困るほどこだわったり、姉の初絵さんがパチンコ屋さんからオファーが来たので「チャンスだよ」と言うと「イメージが壊れる」と断ったり。

ちなみに初絵さんと飲んで喧嘩になった時のエピソードで「口で言っても聞かないし、嘘をつくからイライラしてきて殴ったら、”お巡りさん呼んでくる”と言い出て本当に2回呼ばれた」と言う証言まで飛び出しました。

これは面倒くさい!!!

「バラエティなんてナヨナヨ話してれば大丈夫」

高校の時に人気ものだった山咲さん、漫画家は一発OKでデビューでき、デビューするとアッという間に売れっ子漫画家に、そしてラジオもすぐ人気番組になり、TVのバラエティ番組に出ればあっという間にブレイクで引っ張りだこに。それは全て自分の才能で当たり前の事だと思っていました。

実は若い頃にオーディションに落ち続けていた時も、自分の実力を棚に上げて「時代遅れの審査員には、私の魅力がわからない」と思っていたそう。ちなみに高校時代に告白された時には「私はみんなのトオルちゃんだから」と言って断ったとか。その頃から、溢れる自信は健在だったようです。

その当時は「バラエティなんてナヨナヨしながら話してれば大丈夫」とナメた考えを持っていた山咲さんですが、ある日「あれ?私スベってる?」と感じることがありました。

そして2007年になると、おネエタレント業界に、IKKOさんやはるな愛さんなどが登場します。トークが上手で面白いおネエタレントの中で、山咲さんにスポットが当たる場面が減っているのがわかりました。仕事に行っても居心地の悪い現場…しかし、そこで山咲さんがした事は、トークの勉強をする事でもなく、今までの様にトントン拍子に行かなくなった芸能界を休むという選択でした。

「人気商売なのに、努力をせずに仕事から逃げ出してしまったんです。」

「山咲トオル、NGなんで」

仕事を休業した山咲さんですが、その当時の貯金は何と約6500万円!

「どうせなくなっても、またすぐに稼げる」と思っていた山咲さんは、何をするでもなく遊びまくりました。そして3年ほどで貯金は0円になってしまいます。そこで仕事を再開しようとしましたが、バラエティー番組のおネエタレントの席はもういっぱい。山咲さんの入る場所はありませんでした。

そんな中、細々と仕事を続けていた山咲さんは、ある日、彗星のごとく現れたマツコ・デラックスさんを見て、やっと自分が変わらなければいけないんだと気がつきました。そこでずっとNGにしていた温泉番組での乳首映り込みをOKにします。それなら!とマネージャーが営業をかけてくましたが、その時の番組からの答えは予想もしてなかったものでした。

「うち、山咲トオルNGなんで」

何もかも上手くいっていた事を全て自分の実力だと思っていた山咲さん、売れてた時に出した多くのNG事項とワガママは、いざ売れなくなった時に逆に全て自分に返ってきてしまったのです。その時になって、山咲さんはようやくこの事に気がつきました。

「自分の出したNGは自分に返ってくる」

調子がいい時ほど 反省しよう! by 山咲トオル

山咲さんは、自分を見つめなおした結果、自分のめんどくささを受け入れてくれるのは自分に商品価値があるときだけと気づきました。

「人生には必ずある分岐点、そこで自分を見つめ反省すべき点をおさえる事ができれば、人生で正しい選択をする事ができる。だから、今までの自分の行動を振り返ってほしい。調子がいい時ほど 反省しよう」と番組で語った山咲さん。

私たちも、反省するのは失敗した時や上手くいかない時ばかりで、順調な時にはなかなか何かを反省するという機会が少ないと感じます。それでも、気がついたその時が「自分の分岐点」でもあります。山咲さんの失敗から、私たちは多くの事を学べるのではないでしょうか。

この記事を書いたユーザー

Mucoco このユーザーの他の記事を見る

愛犬と一緒に、海を眺めながら暮らしています。

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス