記事提供:Conobie

「子どものこころが穏やかに育つ魔法の育児法」のタイトルで40,000人以上の読者を持つ、アメーバ公式トップブロガーであり、3児のママであるLICOさん。

今回、書籍「不安なあなたがゆっくりラクになるメッセージ」の出版に伴い、LICOさんにロングインタビューをしました。

目次

・ 「自分のことを見てほしい」そう思ってた、幼少期
・ 「全部一人でやれなきゃ、ダメなママだ」と思った
・ しんどくなった時まで、頑張らなくていい
・ 愛情を注ぐためには、まずは自分を知ることから

「自分のことを見てほしい」そう思ってた、幼少期

今思うと、無意識でしたが「母の負担になってはいけない」と思いながら育ったように思います。母が大変だった時期があり、それを目の当たりにしてきたからです。「自分が我慢すれば母を助けられるんじゃないか」と子どもながらに思っていました。

私は4人兄弟がいて、長女でした。なんとなく、自分よりも下の兄弟の方が愛されているように感じていて、ベースはとても不安定でしたね。そして幼少期、自分につらいことがあった時、母の負担になりたくなかった私は、母にそのことを言えませんでした。

でもこころの中では、本当は母に気づいて欲しかったのだと思います。積み重なった思いから私は次第に癇癪を起こしたり、母を困らせたりするようになりました。

その私のこころのサインに母が気づいてくれなかったことが、自分の中で一番さみしかったことでした。そんなことから「私のことは、本当に好きじゃないでしょ?」を、ずっと飲み込んできた子ども時代だったように思います。

ですが、実は機会があって、2人目の子を産んでから直接母に「私は小さいころ、こんなことがさみしかった」と、思い切って伝えてみたんです。そしたら母は、「そうだったんだね。気づいてあげられなくてごめんね。」と、受け止めてくれました。

それによって、「あぁ、私はちゃんと母に愛されていたんだ」と、やっと納得できたんです。大人になって振り返ってみれば、ご飯をつくってくれたり、部活を見に来てくれたり、特別な言葉はなくても、日々生活をしているだけで、どれだけ親に愛されていたかは分かるものです。

でも、子どもの時の私にはそれが分からなかった。勝手に「傷つけられた」と思い、母が私に注いでくれていた愛情に、向き合えていませんでした。

子どもは子どもながらに、母親のことを良く見ていると思います。そして大好きなお母さんに笑っていて欲しくて我慢したり、自分の気持ちを押し殺したりすることも。でも本心では、ちゃんと自分のことを見ていてほしいんです。

「私は、あなたのことを思ってるよ」というメッセージが確かに伝わることを私自身が大事にしているのは、母との思い出が源泉になっているのかもしれません。

「全部一人でやれなきゃ、ダメなママだ」と思った

私は、典型的な「人に頼れないタイプ」でした。「誰かの負担になってはいけない」という過剰な意識が、大人になっても、子どもを産んでも抜けなかったのです。なので、第一子の時は特に、素直に周りにSOSを出せませんでした

夜中の2時に仕事を終えて帰ってくる夫を困らせたくないと思っていたし、実家は車で30分くらいでしたが、自分の子どもの面倒も、自分で見れないのは「ダメなママ」のような気がして。

「何でも一人でできなくちゃ」そんな意地もありました。

LICOさんのご家族。3人の子どもたちと、旦那さま。

毎日毎日眠れなくて、常に頭がぼーっとして、子どもの泣き声を聞くとビクッと体とこころがこわばるのが自分で分かるくらいに泣き声がするのがこわかった。

泣いてる子どもを抱っこしながら暗い部屋の中をうろうろ歩き回って、それでも眠くて眠くて、眠っちゃダメだって壁に自分の頭を打ちつけたりした夜もありました。

とにかく「良いお母さん」「良い奥さん」でいようと思い過ぎていたんですよね。(今思えば「良い」って誰にとって何が?って感じですが。笑)

ここでも無意識でしたが、自分が我慢をすることで、その引き換えに自分の存在を認めてもらおう、愛してもらおうとしていたのではないかと思います。

主人が飲み会に行く、休日に遊びに行くと言っても、「行かないで」と、言えなかった。言ったら、主人や周りにダメな奥さんと思われるかも…と思っていました。

結局、「一人でなんとかなる」は自分のエゴだった。

一人目の時はなんとかそれでも、できてしまっていたのですが、二人目の時はそうもいかなくて。泣いている子ども二人を抱えて、自分も泣いている夜が何度もありました。

そしてついに、はじめて主人に「助けて」と言えた日。思いきって話してみると、主人は「できない私」の状態を見て、話をしっかり聞いてくれて、受け止めてくれました。ギリギリまで踏ん張ってしまった後にこんなに肩肘張らなくて良いんだ、と気づいて。

結局、「一人でなんとかなる」は自分のエゴだったんですよね。

完璧じゃなくても、ダメダメなところがあってもいいんだと気づいてからは、わがままも言えるようになったし、こんな時はこうしてくれたら嬉しい、こうしてくれたら助かる、と主人にしっかりと言えるようになりました。

それまでは、大変そうな私の姿を見て「何か感じてくれ!」と思っていたんです(笑)でも実際には「私はこう思っている」と、気持ちを伝えるだけでも違かったんです。

ママがしんどい時を知ってもらう。分かってもらう。理解してもらう。そのためのSOSがすごく大事だったんです。結局私は、母の前で、母に好きでいて欲しくて頑張り続けてきたことを、主人の前でも続けていただけでした。

しんどくなった時まで、頑張らなくていい

「妻」や「親」として自分の気持ちを我慢しちゃうことって、あると思います。それは、私たち自身が立派な大人になりなさい、周りに迷惑をかけないように何でも一人でできるようになりなさい、自立して、まっすぐ一人でも生きていけるために…

そんな風に、教育を受けてきたからだと思います。でも私は、自分がしんどくなった時までがんばらなくていいんだよ、と思っています。あなたが甘えることを誰も迷惑だなんて思っていないよ。大丈夫だよ。って。誰かに頼ったり、甘えたりしていい。

特に子育てはママが一人でするものではなく、家族や社会みんなで楽しむものだと思うんです。

自分を大切にするこの言葉は、自分が欲しかったメッセージであり、今後も多くの子どもやママたちに伝えていきたいメッセージです。「育児って大変」「しんどい」そう思うと、すべてが大変に思えてしまいます。

子どもとの貴重な瞬間が毎日の中にたくさん隠れているのに、それにすら気づかなくなってしまう。今しかない、素敵な瞬間に気づけるくらいの余裕がこころにあるように。イライラしてしまう瞬間はあっても、子育てを楽しめるように。

一人で抱え込まず、「どんな自分でもこのままで大丈夫」と自分を信じ、素直に人を頼れるそんな子どもが、ママが、増えていってほしいと思っています。

一人でも「あなたが大切」と言ってくれる存在がいれば、子どもは愛情で満たされる

子どものため、と思って頑張って自分がしんどくなってしまうことも、ありますよね。でも実際には、子どもにとってはお母さんがいてくれたら、十分なんです。またお母さんではなくとも、そんな存在が一人でもいれば、良いんです。それは、おじいちゃんでも、学校の先生でも、近所の人でも。

私自身、子どものころには母の愛に気づけなかったのですが、親戚のおばあちゃんに、たくさんの分かりやすい愛情をもらいました。自分を受け止めてくれた。それだけで、満たされました。その方がいなかったら、きっと今の自分はいないと思います。

そういう存在が、一人でもいたら、人ってまっすぐ生きていけるんだと思うんです。でも子どもの命を生み出したママやパパがその役割になれるんだったら、それは素敵なことだと思います。

愛情を注ぐためには、まずは自分を知ることから

特に子どもはそうですが、大人も愛情に満たされたら愛情で溢れ、そしてそれを周りに分け与えられるようになるのだと思います。子どもたちが自分と周りを愛して生きていけるように、周りの人に愛をおすそ分けできるように、まずは子どもたちをたくさんの愛で満たしたい。

今までもそう、思ってきました。でもそれって、自分がちゃんと満たされていないとおすそ分けするものがなくなってしまうそういうことでもあると思うんです。だから、自分がいまどんな状態なのか?を知るのはとても大事なことだと思っています。

私は自分の状態を知るために、自分がいま、どんな感情なのか、なぜそう思ったのか?をよく考えます。子どもと一緒にいて、こころ穏やかでいられない時は、何かイライラする…、悲しい…など、まず、自分が「そう思っている」のを認識します。

そして「なんでそう思ったんだろう?」と、その原因を考えてみるんです。そうすると、実は子どもが本当の原因ではないことが多いのです。そして、その中には、自分が昔に体験した似たような出来事から、その時の感情に引っ張られて、イライラしたり、悲しくなっていることがあったりします。

あ、この感情は、「自分」の問題だったと。それに気づけると、なんで子どもは私のことを悲しませたり、イライラさせたりするんだろう。ではなく、自分は、なぜこれにイライラしてしまうのだろう?と、自分で、自分の気持ちと向き合い、受け止めることができるようになるんです。

今ここにある気持ちを「無かったもの」にしなくていい

まずは「自分は今こう感じてる」、と気づくこと。今ここにある気持ちを「無かったもの」にはしなくていい。その気持ちを誰かに伝えるべきなら伝える。誰かに「こうして欲しい」と思うなら、それを伝える。

「私って、こういう時にイライラしがちなんだ」と一度、そうやって自分の感情のパターンや、自分の気持ちをつかまえられると、その後同じことが起こった時も対処がしやすくなったり、そんな状況をつくらないように気をつけることもできます。

そして実は、お母さんが愛情をあげている以上に、子どもに愛情をもらっている。そこに気づけると、自分ってとても必要な、かけがえのない存在なんだなと思えるはずです。【無償の愛」は、子どもが親へ注いでいる愛のことであると私は思っています。

そして、私自身がブログで伝えていることを「怒らない育児」であると、勘違いされてしまうこともしばしばあるのですが「怒らないこと」に全力を注ぐ必要はないと私は思っています。

もちろん自分の意識や捉え方で「後々自分で後悔してしまうような怒り方」を減らすことはできると思いますし、子どもが萎縮してしまうほど感情的に怒るのは少ない方がいいですが、人と人との生活ですからね。

毎日1ミリも怒らずにすむって神か仏かって思います(笑)でも、そこで怒ることをタブーにしてしまうと、つい怒ってしまった時に自己嫌悪になってしまいます。なんで、こんなことで怒っちゃうんだろう…私ってダメなママだなあ…子どもに申し訳ない…など。

だけど、それよりも大事なのは、子どもがどれだけお母さんに「愛されている」と、感じるかどうかではないかと思うんです。子どもとの何気ないやりとりを大切にして、怒りすぎたと思えば、抱きしめてそれを伝えればいい。「ママはあなたが大好き」だと、飽きるくらいに伝えればいい。

一人の人間として子どもの人格を尊重し、「愛されている実感」を手渡すこと。そちらの方が「怒らないこと」よりも大事なことなのではないかと思うんです。

大人になった私たちは、この世界をどんなレンズで見ようか、自分で選ぶことができます。眼鏡をかけかえるように、見方を、捉え方を、ちょっと変えてみてください。そこに、昨日とは違う世界が広がっているかもしれません。

アメーバ公式トップブロガーであり、3児のママであるLICOさん。

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