docomoのCM「Style'20」(ベアトリーチェ選手ことベベ編)をご覧になった方も多いのではないでしょうか。2020年東京パラリンピック競技大会をめざすイタリアの車いすフェンシング選手・ベアトリーチェ・マリア・ヴィオ選手のCMが超カッコいいのです!さらに5lack (S.l.a.c.k.)のラップがBGMという豪華なCMが話題に。

ベアトリーチェ・マリア・ヴィオ選手のプロフィール

名前:Beatrice Maria Vio(ベアトリス・マリア・ヴィオ)
愛称:ベベ
生年月日:1997年3月4日
国籍:イタリア(モリアーノ・ベネト在住)
競技種目:車いすフェンシング
クラブ:2002年よりフェンシングモリアーノに所属

【実績】
世界選手権:パラリンピック2015 金メダル獲得
ヨーロッパ選手権:パラリンピック2014 金メダル獲得

2012年ロンドンパラリンピックでは聖火ランナーを務め、2015年ミラノ万博ではベネト州のイメージキャラクターを務める。

ベベ選手の生い立ち

イタリアのヴェネツィアに生まれ、3人兄弟の真ん中で育ちました。5歳のころ、バレーボールの練習中にフェンシングの競技を見たことがきっかけで、フェンシングの虜に。

2008年。彼女が11歳の時、髄膜炎に見舞われます。ベベは、髄膜炎の劇症型の感染症で、皮膚が壊死し四肢切断を余儀なくされることに。

髄膜炎の死亡率は5~10%

髄膜炎菌性疾患は、突然生命を脅かす可能性のある病気です。典型的には、細菌性髄膜炎として現れる脳や脊椎の周りの膜の感染のことをいいます。または、菌血症血流感染。これは、細菌髄膜炎菌によって引き起こされると急速に進行していきます。

それは、最初に症状が現れて24~48時間以内に死亡につながることもあるという恐ろしい病気。しかし、早期に診断され適切な治療をしても死亡率は5~10%。生存しても、生涯身体的または精神的な障害が残る可能性があります。
髄膜炎によって、四肢切断を余儀なくされたケースは少なくはないようです。

辛い整形手術を乗り越え、フェンシングに復帰!

ベベは、髄膜炎で失った両腕と両脚の切断面をカバーするために、身体のさまざまなパーツから採取した皮膚の整形手術のために3か月半もの間、学校とフェンシングを辞めていました。

深刻な状況であるにも関わらず、ベベは手術後、大胆不敵にもフェンシングを復活する決意をするのです。彼女の闘病生活にはどんな苦悩があったのでしょうか。

病院に入院した数か月は、どんな困難な時間だったか私は覚えていません。代わりに、私は非常に良いものを覚えています。病院で働く友人や芸能人を訪問するようになりました。それは芸術のオブジェクト。または、面白い瞬間でした。

出典 http://www.uildm.org

痛みを伴う整形手術の後、ベベは「辛いことは覚えてはいません。良いことを覚えている」というポジティブさ。その後、自宅に退院してからも非常に難しい月日を過ごしたベベ。

専任の看護師が彼女の介護をするために毎日家に通いました。「彼女の作るドレッシングはまずかった」、と語っています。看護師の名前は”シルビア”で、現在はベベの友人の母なのだとか。

日常生活の復帰はどうだったのか?

「退院後、すべてはすぐに正常に戻りました。学校に復帰しフェンシングも再開」。友人とコンサートに行ったりと、今まで通りの若い女の子の生活を取り戻したのです。

それに加え、理学療法のために自宅から車で近いコネリアーノまで通院しました。その時の「理学療法士”ディナ”が私を助け、非常に素晴らしい出会いだった」、と語っています。

リハビリや理学療法を中心に

入院して3か月半後にフェンシング復帰の決意を下したベベは、プロテーゼを装着したリハビリや理学療法を中心に、失われた筋肉を呼び起こそうと訓練と練習を重ねてきました。

2009年。べべと家族はNPO法人を設立。切断手術を受けた子どもたちのスポーツを通じて、社会支援の活動をしています。

2012年。ロンドンパラリンピック聖火ランナーを務める

ここまでの道のりには、凡人の私たちには想像もつかないような苦悩があったことでしょう。

docomoのCMから。ベベの名言をご紹介

ポジティブに生きていくには?

『いろいろなことを楽しむ事、家族と楽しむ事です。
自分でより良く生きようとしなければ、
けっしてより良く生きられない。』

わたしは人生を諦めないの。

『私が思うのは、自分自身でいろいろなことを試すこと。
たくさんの事ができるのだから、
不可能だからといって自分を制限しないこと。』

ベベにとってフェンシングとは?

『とにかくすべて早いスピードで
その2分間の間に、
普通の人が一生のうちに味わう程の感情に襲われるのです。』

『同時に自分の魂はどう言ってるのか、
勝つためには、力を出さなければならない、
それには自分に勝たなければならない、
これらの感情がベースになって爆発し、
剣で突くという行為に繋がるのです。
そして、他の事では得られない様々な感動を覚えるのです。』

11歳の時、わたしは手足を失った

『ハイヒールだって履けるし
走るためには別の義足があるし
いつか空を飛ぶ義足ができるかも
最高でしょ!』

大切なことは

『悪いことがあっても
そこに素敵なことを見出すこと
不運な出来事を
スーパークールな出来事に変えちゃうこと。』

私がイメージする東京は、プシュっと開けた炭酸。

『やろうと思えば何でも出来ること。
本当の目標を持って進めば、
初めは夢でも到達できるの

このメッセージは2016年に、
2020年の東京にいる「ベベ」に送るものです。
本当に東京にいたら、おめでとう
試合がんばってね。』

【domocoCM】Style'20 ベベ選手 紹介ムービーはこちら

出典 YouTube

辛い病気と闘いながら、四肢切断というハンデを乗り越えた現在。ベベ選手の笑顔は最高に光り輝いています。

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キャリアカウンセラーの道を目指し、資格取得後オンラインカウンセラーとしてデヴュー。WEBライターとして活動をはじめ7年になります。人に「読まれる・読ませる」ライターを目指しています☆

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