記事提供:Conobie

最近話題の「ブレない自信」という言葉。将来自分の好きなことに思いっきり挑戦してもらうために、この「ブレない自信」を子どもに身につけて欲しいと願う親が増えているそう。今日は、そんな自信を持った子に育てるために重要な考え方を紹介します。

ブレない自信をつくるために重要なのは、「体験」より「経験」

最近、子どもには自信を持って人生を歩んで欲しいと考えるお父さんやお母さんが増えているよう。

なぜなら、新しい物事に挑戦したり、粘り強く物事に取り組んだりする際の重要な心の土台となるのが自分への自信、すなわち自己肯定感だと言われるようになったから。小さい頃、なかなか自分に自信が持てずにいた私は、とにかく引っ込み思案。

やりたいと思ったことを口にだすことができなかったり、自分の考えを堂々を相手に伝えられなかったり・・・と、自信のなさから悔しい思いをしたこともしばしばでした。

そうした自分自身の経験からも、自分に自信を持つということの大切さを実感し、娘と息子にはそうした感情をもってもらえたらと感じています。

そんな私ですが、「自信」という言葉を聞いてよく思い出すのが、中学校の恩師が教えてくれたこの言葉。

「本当に価値のある、『ブレない自信』をつくるのは「体験」ではなくて「経験」なんだよ」この言葉は私自身が自信を持つ上で、とても大切な考え方となったのですが、子育てをするようになってより一層この言葉の意味がよく分かるようになりました。

でも、「体験」と「経験」ってどうちがうの?そう思われた方も多いかもしれません。今日は、自信を持って人生を歩むために重要なキーワードとなる「体験」と「経験」の違いについてお話できればと思います。

「体験」は事実、「経験」は解釈

では、「体験」と「経験」は何が違うのでしょうか。簡単に言えば、「体験」は、起こった出来事・事実のことを指し、「経験」はその出来事や事実を解釈した結果のことを指す、という点に違いがあります。

例えば、お子さんが幼稚園の徒競走でビリになってしまった、という出来事があったとします。それは、お子さんにとっては、競争で負けてしまったという「体験」となります。しかし、この「体験」は実は何種類にも解釈できるということを知っていますか?

心理学者のワイナーは、成功・失敗の体験を個人がどのように解釈するのかには大きくわけて、(1)能力(2)努力(3)課題の難易度(4)運の4つの種類があると説明しています。

例えば、「徒競走で負けた」という体験は、「僕の足が遅いから負けちゃったんだな(能力)」「僕があまり走る練習をしなかったから負けちゃったんだな(努力)」「他に足が速い子がいっぱいいたから負けちゃったんだな(課題の難易度)」

「靴ひもがほどけちゃったのは運が悪かったな(運)」といった具合に解釈できるということです。ぱっとみただけで、ひとつの「体験」でも何通りもの解釈の仕方、つまり「経験」の作り方があることに気づいていただけたでしょうか。

かけっこでビリになったという「体験」の解釈の仕方=「経験」の仕方は様々。

自信がある人は、失敗体験の原因を【努力】に結びつける傾向が強いことをワイナーは指摘しています。

「もっと努力すれば、勝てたかも」と考えれば、落ち込んだり自信を失ったりすることなく、次回へのモチベーションを高めることができるからです。

逆に、【能力】に結びつけて解釈をしてしまうと「僕は足が遅いから、どうせ頑張っても次も勝てないよ」と自信を失ってしまいかねません。

また、【課題の難易度】や【運】に結びつけてしまうと、「この結果は僕のせいじゃないから、頑張ってもしかたない」と感じてしまうなど、次の挑戦に結びつかないと考えられています。

また、自信がある人のもうひとつの特徴として、成功体験の原因を【能力】と結び付けて考える人が多いことも指摘されています。

なぜなら、成功した原因は自分に能力があるからだと考えることで、文字通りいつでもどこでも「ブレない自信」なり、次回以降も積極的に挑戦ができると見られているためです。

一方で、成功しても「運がよかった」「環境がよかった」と考える人は、なかなか「ブレない自信」を身につけにくいと考えられています。

成功「体験」は、【能力】に結びつけて「経験」すると自信になりやすい。

「体験」を自分にとってよい「経験」に変えることの重要性

実は、ワイナーの研究は、その後様々な角度から再検証が行われており、どういった解釈の仕方が自信につながりやすいかには諸説あります。

また私自身の考え方からしても、いつでも失敗は努力不足、成功は能力のおかげといった単一的な考えに子どもを追い込むのは少し抵抗があるかな、と感じています。

ですからどういった角度から「体験」を解釈し「経験」にするか、は時と場合によって親と子どもが一緒に考えればよいのかもしれません。

しかしそれを踏まえてもなお、「体験」は何通りにも解釈ができ、自分の好きな「経験」に変えることができる、というワイナーの考え方の根本は、私にとって大きな気づきでした。

親は子どもがするすべての体験をコントロールすることはできませんし、将来にわたって子どもにとって「よい」体験だけをしてもらう…なんてことは無理があります。

そんなとき、我が子にしてあげられるのは、その「体験」をどう解釈し自分にとって大切な「経験」にするかという考え方を伝えていくことだと思うのです。

サッカークラブでの「体験」が、よい「経験」に

先日、こうしたよい「経験」のつくりかたを、実際に肌で感じる機会がありました。私の息子はサッカークラブに入っている、サッカー少年です。

しかし、周りは以前からサッカーをやっている強者ぞろい。息子はレギュラーになることはできず、落ち込んで帰ってくることもしばしば。「僕サッカー下手だもん」と言うなど、親の私からすると少し心配な面もありました。

しかし、あるときを区切りに息子が再びサッカーの練習にとても楽しそうに向かうようになったのです。

なんでも、コーチに、「試合にでたいという気持ちを持っているのはいいこと。次回に向けて努力してチャレンジすれば、●●くんはサッカーがうまいから絶対大丈夫」と言われたとのこと。

こうしたコーチの声かけは、「レギュラーになれなかったのは、僕がサッカーが下手だから」と自信を失っていた息子にとって、「いっぱい練習すれば、試合にでれる!」と考え方を変えるきっかけになっていたのだと思います。

単純なようで、でも重要な考え方の差を伝えてくれたコーチの姿に、やはり「体験」はどう解釈するか(=どういう「経験」にするか)が大切なのだと実感しました。

親も子と一緒に「経験」をつくる

「体験」はとらえ方次第で、どんなよい「経験」にもできる。だからこそ、子どもがした「体験」を親も一緒に考えてみることが大切だと思います。

その時、その場所に合わせてとらえ方は様々でよいと思いますが、子どもはそうした親の姿勢を見て、「体験」を「経験」にするとはどういうことかを学んでいくのだと思います。

「本当に価値のある、『ブレない自信』をつくるのは「体験」ではなくて「経験」なんだよ」みなさんもこの言葉の意味についてぜひ一度ゆっくりと考えてみてほしいと思います。

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