102歳の老人、ドブリー・ドブレヴさん

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あなたがもしブルガリアの首都ソフィアを訪れれば、もしかしたら出会うかも知れません。毎日同じ茶色の服と靴、白くて長い髪と髭。その髭の奥には隠れた微笑を見ることができます。そして紙コップを持って待ちゆく人にお金を恵んで欲しいとお願いします。そんな高齢者の姿を見たら、その人は間違いなくドブリー・ドブレヴさんです。

毎日25kmの距離を歩いてソフィアまでやって来る

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102歳という高齢にも関わらず、ドブリーさんは毎日自分が暮らす小さな村から往復25kmかけて、自分の足で首都ソフィアにやって来ます。目的は「お金を恵んでもらうため」。ドブリーさんはホームレスではありません。

でも、月に支給される年金はたったの100ドル(約1万円)。教会の隣の小さな家に住んでいます。服も靴も全て自分で作りました。そうしてドブリーさんは日々、つつましく質素に生活しています。

では、お金を請うのは経済的な理由?

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ドブリーさんが毎日欠かさずソフィアまで出て、通りで人々にお金を恵んでくれるようにお願いしているのは、自分の貧困生活のためではないのです。第二次世界大戦を経験し、戦時中に聴覚がほとんど失われてしまったというドブリーさんは、見知らぬ人たちが恵んでくれたお金には全く手を付けません。

実は、ドブリーさんはこうして集めたお金を教会などに寄付しているのです。

「2000年頃に神からの使命を受けた」

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今からちょうど15,6年前に、ドブリーさんは神様からの使命を受けたと話します。「誰かのために何かをしなければ」という気持ちに駆られたドブリーさんは、全くの無欲でもって、遥か12.5km離れたソフィアまで歩き、寄付金を集めるために通りでお願いしているのです。

7月20日に102歳を迎えたドブリーさんですが、なかなか誰もできるようなことではないことを毎日しているために、現在はソフィアで市民に顔を知られる存在となりました。そして住民たちは寄付の為に毎日物乞いをするドブリーさんを「聖人」「神の使い」と呼びリスペクト。

更にドブリーさんのファンは、彼のためにサイトやFacebookを通してサポートを始めました。

現在はみんなに「おじいちゃん」と呼ばれて慕われている

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「他人のために何かをしたい」という使命でもって、ドブリーさんは集めたお金を教会や孤児院に寄付して来ました。過去には 、St. Alexander Nevsky Cathedral(アレクサンダー・ネヴスキー大聖堂)になんと2万4千ドル(約240万円)もの寄付をしたこともあります。この寄付金額は、支援者の中でも最も多額だったそう。ドブリーさんのおかげで大聖堂は美しく修復することができたそうです。

実はドブリーさん、彼のファンである一人にポツリと話したそうです。「過去に一度だけ悪いことをしてしまって。たった一度だけだけど、それを補うために善行を積もうとしているのだよ。」と。

そう聞かされたファンは、ドブリーさんがどんな「悪いこと」をしたのか詳細は尋ねませんでした。雨の日も雪の日も、1日も欠かさず誰かのために寄付金を集めているドブリーさん。罪の重さはわかりませんが、ドブリーさんは既に許されるだけのことをしたのではないでしょうか。

寄付をしてくれた人にはキスでお礼を伝える

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「神は私たちを愛してくださっている。嘘をついたり、誰かのものを盗んだり、罪を犯してはいけない。私たちは互いを慈しみ愛さなければならないのです。」と訴えます。ドブリーさんは、自分を愛するように他人も愛していくことが大切なのだという教えを守って生きています。

寄付をしてくれた人たちには、感謝の気持ちを込めてキスのお礼で返します。

ドブリーさんの笑みには歴史と思いが刻まれている

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102年と言う長い長い年月を生きて来たドブリーさん。102年という時間は、ひょっとしたら一人の一生の2倍にも当たるもの。戦争を経験し、それを乗り越えて生きて来たドブリーさんの人生は、山あり谷ありのいろんな出来事があったのかも知れません。

彼の真っ白の髭の奥に隠されている小さな笑みは、これまでのドブリーさんの人生を物語っているといっていいのではないでしょうか。また、いろんな思いがその笑みには含まれていることでしょう。

「何のために、誰のために人生を生きていますか?」

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ドブリーさんからはそんな問いかけが想像できます。路上に佇み、見知らぬ人にお金を恵んでもらうという行為は、切羽詰まった事情や貧困の背景、荒れた人生が垣間見えます。お金を請うというのは侮辱的な行為でもあるでしょう。

でも、周りの意見を一切気にせず、ただ他人に、教会に寄付するという目的でお金を集めているドブリーさんのその姿は、高貴そのもの。彼のことを知る人たちが「聖人」と呼ぶのも理解できます。ドブリーさんには、これからもまだまだ元気に長生きしてほしい。そう切に願う筆者です。

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公式プラチナライター。イギリス在住22年目。いつも読んで下さる皆さんに感謝。Twitterアカウントは@mayonesque18です。よろしくお願いします。

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