女子の体操選手といえば、10代〜20代前半の選手がほとんど。そんな中、今回のリオ五輪で女子体操・跳馬に出場したある選手が注目を集めています。それはウズベキスタン代表のオクサナ・チュソビチ(Oksana Chusovitina)選手。現在41歳、五輪史上最高齢の選手であり、また、出産後五輪に復活した唯一の女性体操選手でもあります。

リオ五輪では最高齢にして7位入賞!

オクサナ選手にとっての初めて五輪は1992年のバルセロナ。今回でなんと7回目の五輪出場、四半世紀で3か国の代表を務めてきたというから驚きです。今回のリオ五輪でも、予選で「14.999」という高得点を叩き出し5位で決勝に進出、決勝では難易度の高いプロドノワに挑戦。見事7位に入賞という素晴らしい成績を残しました。

もちろん女子体操選手としてはぶっちぎりの最多オリンピック出場回数でそれだけでも異次元だが、この年齢で種目別跳馬の決勝に進出し、そこでプロドノワに挑戦してくるとは驚異を通り越して我々が理解できる範疇を超えている。

出典 http://gymnasticsnews.jp

17歳で初五輪・結婚・出産そして息子の病

ソ連崩壊後、旧ソ連の国々が作る共同体のチームの一員として、初めてバルセロナ五輪に出場したのは1992年。17歳だったオクサナ選手は、団体で金メダルを獲得し一躍国民的なスターとなります。その後も、アトランタ、シドニーに続けて出場し、祖国のウズベキスタンではオクサナ選手の切手が発売される程の人気でした。

22歳の時には、同郷のレスリング選手と結婚。24歳の時には長男のアリーシャ(Alisher)
くんが誕生します。けれど結婚から5年後の2002年、アリーシャくんは急性リンパ性白血病を発症してしまいます。

息子の治療のため「非国民」と非難されてもドイツへ

治療をすれば命が助かる可能性はありました。けれどその頃のウズベキスタンには、治療に必要な設備や医薬品が整っている病院がありませんでした。アリーシャくんの命を救うためには国外で治療を受けるしかありません。しかしそれには、高額な治療費と費用が必要でした。

途方にくれていたオクサナ選手のところに、元コーチから「アリーシャくんと一緒にドイツに来ないか?」という誘いがきます。ドイツといえば、最先端の治療を受けられる国。暗闇の中、一筋の光が見えました。

その頃のウズベキスタンのスポーツ環境は最悪な状態で、まともな設備もなく予算もない状況が続いていました。そのため外国の国籍を取得し移住する一流アスリートも少なくありませんでした。そしてオクサナ選手も、そんな「祖国を見捨てる薄情な選手」の一人だと受け取られました。息子の命を救うためにドイツに移住するオクサナ選手を、世論は「非国民」「裏切り者」と非難したのです。

治療費を稼ぐために賞金のある大会に

ドイツに渡ったオクサナ選手は、アリーシャくんの治療費を稼ぐために賞金のある大会に出場し続けます。しかし、女子体操選手のピークは10代と言われる中、この時のオクサナ選手はすでに27歳。しかも若い時にアキレス腱を断裁し程た為、大きなハンデがある状態でした。

それでも勝って賞金を得なければ、アリーシャくんの治療ができません。オクサナ選手は、種目を得意の跳馬に絞り、必死に練習を続け大会に出場し勝ち続けました。そして2004年のアテネ五輪に29歳で出場します。

ドイツに移住して4年、ついにアリーシャくんが白血病を克服します。オクサナ選手はドイツの企業の支援を受けるためにドイツ国籍を申請、2006年にはドイツ国籍を取得します。国籍を取得した事により、再発を避ける為に治療を続けていたアリーシャくんの治療費が、保険である程度まかなえる様にもなりました。

ドイツ代表として北京五輪へ

2008年、オクサナ選手は33歳でドイツ代表として北京オリンピックに出場。自己最高の個人総合9位という順位、そして得意の跳馬では銀メダルを獲得します。翌09年に再びアキレス腱を断裂してしまいますが、怪我を乗り越え2012年にはロンドン五輪にドイツ代表として出場。女子体操選手として初の6大会連続出場という記録を打ち立てます。この時、オクサナ選手は37歳。跳馬で5位入賞を果たしています。

初めて祖国代表として五輪へ

現在は祖国であるウズベキスタンに戻り、2013年4月より朝日生命体操クラブの選手兼コーチとして定期的に来日しているオクサナ選手。

「日本でも20歳を超えて体操を続ける選手が増えればいいと思います。私は練習が好き。体操を愛しているから続けています。続ける秘訣は練習、練習、さらに練習。自分がやっていることを愛すること、心を捧げることです」

出典 http://hitorigotodayo.hamazo.tv

今回のリオ五輪では、41歳にして初めて祖国ウズベキスタンの代表としての出場でした。リオ五輪直前に行われたBBCのインタビューでは「競技を続けるのは簡単ではありません。4年ごとにルールは代わり、新しい動きも加わります。だから4年ごとに新しいことに挑戦しなければいけないのです」とコメント。そしてこう続けました。

「けれど目標に向い強い気持ちでのぞむなら、どんな事だって可能だと思います」

今回、リオ五輪決勝でオクサナ選手が挑戦した「プロドノワ(前転跳び前方抱え込み2回宙返り)」は、跳馬で伝説の大技とされ、技の難度を示すDスコアは7.0と男女を通じて最も点数が高いもの。跳馬の形状がまだ細長い台形だった時代にできた技で、現在のような手前に丸みのついた形状になってからは女子でこの大技に挑む者はほとんどいません。

着地で勢い余って前転してしまい、今回は7位に終わりましたが、その挑戦は若い選手たちの大きな刺激になりました。今大会で引退も示唆していたオクサノ選手ですが、大会が始まると「引退?なんのこと?東京五輪も視野に入れている。今朝決めたわ」といたずらっぽく微笑みました。

「練習してきたことを本番の舞台で発揮するだけ。それが私に喜びを与えてくれるの」

息子のアリーシャくんは再発もなく今ではすっかり健康になり、バスケットボールに夢中だそうです。息子の治療費の為に勝ち続けてきた女子体操界のレジェンドは、自分自身の喜びの為、45歳で迎える2020年の東京五輪を目指しています。

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