激動の昭和の時代を振り返るとともに、現代に残したい当時の学びを探るコーナー「昭和土産ばなし」。今回のテーマは「昭和の待ち合わせ」について。

携帯電話がなかった昭和の時代

1人1台携帯電話を所持することが当たり前になった現代。待ち合わせで約束の時間・場所で相手と会えなかった際にも、携帯電話があれば「今どこ?」の一言ですぐに解決します。しかし、もし携帯電話がなかったら、あなたはどうしていたと思いますか?

そもそも、携帯電話の所有が人口の過半数に達したのは、2000年に入ってからと言われています。つまり、20年ほど前でも携帯電話は一般的なものではなく、ましてや昭和の時代にはポケベルや留守番電話すらありませんでした。

では、携帯電話のない時代、昭和の人々はどうやって待ち合わせをしていたのでしょうか?

待ち合わせは会えたらラッキー程度だった!?

昭和期に青春時代を過ごした今の40~50代に、当時のエピソードについて伺ってみました。

「待ち合わせは会えたらラッキー程度に考えていました。会えない時は、近くの喫茶店などで時間を潰すのが当たり前のような時代でしたね」(40代後半男性Hさん)

会えたらラッキーとは…。やはり「待ち合わせ」で会うことは不確かな時代だったのですね。“相手が遅れること”、“自分が待つこと”は仕方ないと思える前向きな心構えも、当時だからこそかもしれません。こんな意見もありました。

「友人と映画を見る約束をしていましたが、結局来なかったので一人で見るはめになりました。また、ある時は待ちくたびれて帰ったこともありました」(40代後半男性Oさん)

待ち合わせにハプニングはつきものだった

「待ち合わせ」にはこんなハプニングもあったようです。

「花火大会があって、駅で待ち合わせをしたものの、駅前は混雑防止を理由に待ち合わせ禁止になってしまいました。結局、駅からちょっと離れたところで待たざるを得なくなり、相手に自分の居場所がわかるかなーとソワソワしました」(40代前半男性Kさん)


やはり当時の「待ち合わせ」には、不安や焦りはつきものだったよう。話を聞いていると、待つほうがいつも苦労してしていたのではないかと思いますが、待たせる側にもこんな思いがあったようです。

「仕事が遅れて、恋人との待ち合わせに間に合わなかった時は、とても不安でした…。今だったら、すぐ『遅れる』と伝えられるのに、それさえもできなくて…。もどかしい気持ちでいっぱいでした」(40代前半男性Yさん)

待ち合わせをする際は様々な工夫をしていた

では、当時の人々は「待ち合わせ」をする際、相手と会うためにどのように工夫していたのでしょう?

「○月○日○時○分に○駅の○前で待っています。もし、○時までに会えなかったら、その日の約束はパスしましょう…と、前もって細かい約束をしていたのを覚えています」(40代前半男性Aさん)

「待ち合わせ場所は、無難に自宅にしていました。時々、喫茶店で待ち合わせということもありましたね。その時は、お店に電話して友人に繋いでもらいました」(40代後半男性Mさん)

「駅にある伝言板に、よくメッセージを書き込んでいました。何かあったら、伝言板へと、お互いに決めていたので」(40代前半女性Sさん)

ある女性の経験談の中には、『伝言板』というフレーズが出てきました。

伝言板とは一体何のことだろう?と、ピンとこない人もいるのではないでしょうか(筆者もその一人です)。

駅は待ち合わせの定番スポットだった

出典Spotlight編集部

気になって調べてみると、伝言板は主に鉄道の駅に設置されていたという情報を見つけました。

駅は「待ち合わせ」の定番スポット。そんな駅に設置される伝言板は、昭和の「待ち合わせ」事情のカギを握る重要なアイテムなのかもしれません。

駅のことなら鉄道会社へ!というわけで、新京成電鉄株式会社で広報を担当している森さんに、伝言板について伺ってみました。

出典Spotlight編集部

森さん:伝言板は、主に駅で待ち合わせする際、相手にメッセージを書き込むために使われていた黒板です。いつから…というのは定かではないですが、新京成電鉄では、昭和30年〜40年代にはすでにあったようです。これが、当時撮影された駅舎の写真です。伝言板も写っています。

出典新京成電鉄株式会社

(昭和40年代 「習志野駅」駅舎)

どこに伝言板が写っているのかわかりましたか?伝言板は、主に人目に付きやすい出入り口付近に設置されていたようです。先ほど例に挙げた「駅で待ち合わせをしていたが、相手が来ない」という時によく使われました。

利用方法はいたって簡単で、「○日○時○分 ○○へ ○○で待ってます。○○より」と日時・宛名・要件・記入者を書き込めば良いのです。そして相手は駅に到着したら、そのメッセージを確認していました。伝言板を使うことで、相手が遅れて到着したり、また自分が先に目的地に向かったり…という時も、会うことができたのです。

森さん曰く「当社線の話ではないですが、当時は、黒板が真っ白になるほどの書き込みで埋まっていた」のだそう。

携帯電話が普及してから使われなくなっていった伝言板

出典Spotlight編集部

携帯電話が普及してからは、だんだんと伝言板を使う人が減っていきましたが、新京成電鉄の駅には、まだ伝言板が残っていました。

利用者はいないのか、伝言板には何の書き込みもありません。森さん曰く、「現在は年に1つ、2つ書き込みがある程度です。そもそも、私たちでさえも、ここに伝言板があったんだなって改めて気付いたくらいですから」とのことでした。

昭和当時は、人気モノだった伝言板。その面影は失われながら、伝言板に残るチョークの跡からは、当時たくさんの人々がここで繋がっていたということを、今でも私たちに伝えているように感じました。

「待ち合わせ」から考える人と人との繋がりの変化

便利な携帯電話のおかげで会うことが容易になった現代ですが、逆にすぐ連絡できるからといって遅刻に対して抵抗がなくなったり、直前になってドタキャンの連絡をするなど、相手への思いやりや配慮が希薄になってきているようにも思います。

相手のことを考えて待ち合わせ1つにあれこれ試行錯誤していた昭和の時代は、物理的には繋がっていないようでいて、今の私たちよりも心は繋がっていたのかもしれません。便利な携帯電話を利用しながらも、目に見えない“人と人との繋がり”を大切にしていきたいですね。

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